Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

【LegalAC2022】中年弁護士が14年間裁判例紹介するblogを書いてみて思ったこと 〜弁護士のカジュアルなアウトプットについて〜

今年もAdvent Calendarの季節になりました。この記事は、法務系 Advent Calendar 2022のエントリとして登録しています(世話人のkanekoさん、いつもありがとうございます)。

今年は、bentaro_lawさんからバトンを受け取りました。バトンといえば、先日、映画『そして、バトンは渡された』をアマプラで観ましたが、過去に記憶がないくらい泣きました。複雑な親子関係・家族関係の話にはとても弱い・・

wwws.warnerbros.co.jp

12月に入って、アドベントカレンダーの記事が順に公開されるようになり、自分も何を書くか考え始めました。キャリア系の話が多いので、今年も、2年前から書いていた鬼●キャラ(下記)を登場させるかなと思っていたのですが・・

masahiroito.hatenablog.com

今回のテーマを選ぶに至った経緯

14日のエントリ「法務のいいださん」のnoteを読んで、弁護士もアウトプットは「超」重要だなあと思っていたので、少し視点を変えてアウトプットについて書くことにしました。

note.com

ネットでのアウトプットというと、自分の場合、このブログが出発点です。私がロースクール生1年目の終わりころ、2005年3月に始めていますので、まもなく18年になるという長寿ブログです。しかし、多い年で300件ほど投稿していたこのブログも、2022年は過去最低ペースで、Advent Calendarがあったおかげで、やっと3件目です*1。投稿が減ったのは、いろいろな理由がありますが、以前ほど「書きたいぞ」「書かなきゃ」というネタや意欲が湧いてこなくなったというのが大きいでしょう。

そんな中で例年と同じペースで続けてこられたのが、別館として始めた「IT・システム判例メモ」です。今回のテーマは、このブログを始めた動機や、これまでやってきたことのメリット・デメリット(デメリットはあまりない)にすることにし、タイトルは、前掲の「いいださん」のタイトルをなぞることにしました。

itlaw.hatenablog.com

なぜ判例ブログを始めたのか

私が弁護士登録した時点(2008年12月)で37歳で、同世代より10年遅れており、のんびりやってられないという焦りがありました。前述のとおり、2005年からだらだらとブログを書いており(当時は匿名)、書くことには抵抗はなかったので、少しでも世の中の目に留まるように何かを書いてみたいと考えていました。

しかし、当時、同じ事務所の兄弁の松島先生(期は2つ上)*2が、日経BPのサイトに連載を持っていて*3、そのカバレッジが広い上にクオリティが高く、似たようなものを書いたとしても単なる後追いにしかなりません。

そこで、裁判例の検討・紹介はどうか?と思いつきました。それ自体、弁護士が書くものとしてはありふれたものですが、分野を限定すれば、関心ある人たちの目に留まりやすくなるかもしれないと思って、最初に、当ブログに2009年2月25日に「システム導入契約の成立要件」という記事で名古屋地判平16.1.28の紹介記事を書きました。その書き出しは、

本ブログにおけるあらたなコンテンツの試みとして,ITに関連する裁判例の紹介を行う。

こんな感じで、その後もポツポツと書いて、5,6件たまったところで2009年12月に別館ブログとして独立させたのが「IT・システム判例メモ」です(途中で、はてなダイアリー*4からはてなブログへの移行あり。)。

なお、ほとんど更新しなくなってしまいましたが、別館のさらに別館として、「システム開発法務のツボ」と題する連載をやっているnoteもあるのですが、これは繰り返し更新していない失敗例としてご笑覧*5ください。

note.com

やってよかったこと

当時の投稿履歴をみると、2010年4月までにトータルで15件投稿したものの、半年くらい休止していました。おそらく弁護士2年目で仕事が忙しくてそれどころではなかったのでしょう。そこを乗り越えてからは、長期に休むことなく、半ば惰性で「1記事1裁判例」を紹介するということを続けてこられるようになりました。

投稿数は割と波があったものの、14年で337件になりました。プロ野球選手でいえばベテランの中距離ヒッターのホームランのペースくらいでしょうか。

2009年 4件
2010年 17件
2011年 25件
2012年 38件
2013年 43件
2014年 40件
2015年 24件
2016年 23件
2017年 17件
2018年 14件
2019年 23件
2020年 19件
2021年 23件
2022年 27件(12月20日現在)

認知が増える

やってよかったことの一つに、自分のことを知ってくれる人が増えたことが挙げられます。名刺交換したときに「あのブログ、参考にさせてもらっています」といわれることが少しずつ増えました。自分自身を「これやりたい」「これできます」と売り出すやり方ではなく、自分が関心を持っている分野、実務で取り扱っている分野はここですよ、という間接的なアピールになったかと思います。弁護士は守秘義務の関係で、なかなか実績のアピールができませんから、こういうやり方は結果的には良かったと思います。

セミナー・執筆、仕事の依頼が来るようになる

当然ながら、最初は閲覧者数はほとんどいません。2年くらい経っても、実際に何か反響らしいものはなかったと思います。それが、3年くらい経つと、セミナー会社や出版社から講師・執筆の依頼が来るようになりました。たまたまブログを見つけてくれたり、人づてに名前を聞いて検索したらブログを読んでくださったことがきっかけになったと聞きました。

また、紹介した事件と同種の状況に陥っているという方から相談がくることもありました。10年以上やって、せいぜい2,3回なので、営業の即効性という意味では期待できませんが。

自分が助かる

実は一番のメリットはここだと感じています。裁判例を読んでも、内容はもちろんのこと、存在自体をすぐに忘れます。「何かこういうのあったよな」と思っても、まず思い出せません。そんなとき、自分で書いたブログがきっかけで思い出せることが何度かありましたし、原稿や準備書面を書くときも、セミナー資料を作るときも、何度も助けられました。要は、自分の外部記憶装置として機能していたわけですので、自前のノートでも代替可能です。しかし、オープンにしていることで、継続的にインプットする動機になりますし、最低限のクオリティを確保しようとすることになります。

書くのは大変か

これをやってると正直なところ、大変ですが、実はあまり時間をかけていません。1つ1つの記事のクオリティが高くはないことは玄人衆にはバレていると思うのですが、そこは「詳しく知りたい人は、判例DBなどで原文にあたってください」と割り切って、あまり時間をかけ過ぎないようにしています。

もう一つの割り切りは、体系的な判例集を作っているわけではないので、網羅性・最新性を要求しないことです。このブログには重要な裁判例で取り上げられていないものが山ほどあります*6。名もない事件だけれども、実務ではよくありそう、というものを好んで取り上げています。なので、対象となる裁判例のチョイスに迷うことは少ないですし、世間をにぎわす裁判例が出たときに「書かなくては」と焦ることもないので、その意味での負担はあまりありません。ただ、同じ裁判例を2度紹介するという過ちを犯さないように、自主的に投稿直後に判決年月日順の目次をアップデートするようにしています*7

普段は、ツイッター、雑誌、セミナー*8などで仕入れた裁判例情報を、判例DB*9で探し、「後で読む」のフォルダに移すようにしています。思い立ったときに適当なキーワード(「システム OR ソフトウェア」AND「開発 OR 請負」etc)で探し、知らなかったものを「後で読む」のフォルダに移しています。それ以外にも、業務で判例DBを検索したときに出てきたものから気になるものを「後で読む」に溜めています。

それを出張での移動中、子供の習い事送迎の待機中、少し早く帰宅できそうなとき、などの合間に掘り出しています。掘り出してみたものの、ブログとしてまとめるに至らなかったり、書くほどのことがない事件だったりしてボツになるものは多数あります。それでも「後で読む」はどんどん溜まっていき、もはや底が見えません。

準備書面や雑誌原稿を書いたりするのは苦痛でも、ブログを書くのが息抜きだったりします。

質と同じか、それ以上に量・頻度が重要

このテーマを選ぶきっかけたとなった「いいださん」も記事中で「カジュアルなアウトプットはいいぞ」とおっしゃっています。私もまったく同感で「わが意を得たり」という気持ちです。

それでも弁護士(or 法務担当)たる者、いくらSNS、ブログとはいえ、専門に関する情報を出す以上、一定のクオリティを出さないと・・と気負ってしまう気持ちもよくわかります。さらには、日常的にSNS上で繰り広げられる「専門家なのに間違ったこと書いてる」という炎上案件を目にすると、アウトプットするのはリスクでしかないと考えるのもよくわかります。

さらには、私が始めた14年前と違い、今では、良質なコンテンツがネット空間に溢れている*10ので、目に留まる可能性が低くなっているかもしれません*11

しかし、質は重要かもしれませんが、アウトプットはストックになるので、量・頻度が価値を出すように思います。書いた時には誰にも見向きもされなかったものが、何年か経ったところで価値を見出されることもあります。分野は違いますが、この観点から私がすごいと感じているブログがあります*12

いずれも「継続は力なり」を体現したもので、調べものをしたい方が、弁護士はもちろん、裁判所や文科省(法曹養成)の関係者までも訪れるという話を聞いたことがあります*13。コツコツとアウトプットをすることの価値がわかる例です。

やりたい分野がある人こそ、独り立ちしたい人こそ、アウトプットを継続的に行っていくことが逆に近道になるのではないか、と振り返ってみて感じるところです。

次は、「じゃんく」さんです。

*1:しかし、過去に書いていた当ブログの将棋の話が、ライターさんの目に留まって文春ムックの記事になりました。伝説の「親将ブログ」(読む将棋2022) - Footprints 

*2:現・松島総合法律事務所

*3:現在は、松島先生の事務所のサイト「コラム」に転載されています。

*4:そういえば、ブログを始める方はnoteほぼ一択の感じがします。以前は、落合洋司先生、ボツネタ、サイ太ブログ、企業法務戦士など、はてながかなり有力だったのですが。

*5:自分のクルマの写真を張り続けるというマイルールが継続しがたいから更新が滞っているという話もある。

*6:一度、ここに掲載した裁判例を1件1頁で紹介する書籍を作りませんか、と言われたことがありましたが、体系的になっていないので、お断りしました。

*7:システム開発関連は、判決年月日順のほか、争点別のインデックスも作っていますが、これをメンテナンスするのはかなり面倒です。それとも、自分の調査・執筆時にはかなり役立っています。

*8:特に定期的に情報をまとめて仕入れるということはしていませんが、町村泰貴先生が毎年東弁のインターネット法部会で行う「サイバー判例回顧」は私にとって重要な情報源の一つです。毎年、かなり網羅性の高い裁判例一覧を用意していただけるので、大変ありがたいです。

*9:私は基本的にWestlawを使っています。サブとしてD1-law.comを使っています。

*10:ただでこんなの公表していいの?と思うレベルで、かつ営業の色を感じない例として、骨董通り法律事務所のコラムや、ストーリア法律事務所のブログ植村幸也先生の「みんなの独禁法。」山口利昭先生の「ビジネス法務の部屋」企業法務戦士の雑感など。こうした重鎮・重厚なもの以外に、若手が書いてるおもしろいものは山ほどあります。

*11:私が始めた当初ですら、「必要な情報は何でもネットにあるから、知識・情報だけでは勝負にならない」と言われていました。

*12:他にも尊敬すべき長寿ブログはたくさんあります。また、紹介したブログが「量・頻度」の観点からピックアップしていますが「質」においても優れていることは言うまでもありません。

*13:先日読んだ谷川和幸先生の『知的財産権関係民事判決の公開状況について ―東京・大阪以外の地方裁判所の令和元年知財判決全権調査 ―』(知的財産法政策学研究 Vol.65 1頁)は、とんでもなくすごい論文でしたが、その中で山中先生、奥村先生のブログが取り上げられていた(脚注11)。