Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

(企業訴訟実務問題シリーズ)システム開発訴訟

この7月に中央経済社から出版されたシステム開発訴訟に関する実務書。


システム開発訴訟 (【企業訴訟実務問題シリーズ】)

システム開発訴訟 (【企業訴訟実務問題シリーズ】)

森濱田松本法律事務所は,「企業訴訟実務問題シリーズ」というのをすでに10冊くらいリリースしていて,本書はその最新刊にあたる。著者は,IT関連のプラクティスを担当されている飯田耕一郎先生らである。


また,『弁護士』が書くシステム開発『紛争』を取り扱う書籍としては,拙書「システム開発紛争ハンドブック」や,「裁判例から考える」
*1に続いて三冊目となる(私の知る限り。)。

【BUSINESS LAW JOURNAL BOOKS】システム開発紛争ハンドブック―発注から運用までの実務対応 Legal Handbook for Resolution of Disputes Over System Development裁判例から考えるシステム開発紛争の法律実務



本文ページ数が188頁と,かなりコンパクトになっている上に,メインの「システム開発紛争の主な争点」(第1章)は,判例の紹介に多くのスペースを割いているので,ざっと通読するとしてもそれほど時間がかからない。要点は網羅され,説明もわかりやすいので,入口として読む本としては最適である。


システム開発紛争や契約について語る場合,ユーザ側,ベンダ側とで利害が異なるため,どのような立場で書くのか悩ましい面があるが,本書では,比較的ニュートラルにバランスよくまとめられている。


ユーザ・ベンダの考え方が衝突しがちなテーマとして契約の構成として「請負vs準委任」「一括vs多段階」というものがあるが,多段階契約が実務上,定着してきていること,無理に一括請負契約を締結させてもユーザに不利益が生じうることなどを踏まえてユーザの取るべきスタンスを示していたり(30頁),プロジェクトマネジメント義務とユーザの協力義務の関係は,同一・対等のものではないとするところ(89-90頁)などは,両者のバランスをよく考えられているものだと感じる。


というわけで,以前示した曼荼羅のアップデート版を貼り付けておく。

本書の特徴として,第2章「紛争の段階ごとの必要な対応」という章を設けて,実体法的な分析のみならず,「トラブルになったらどうするか」ということをベンダ,ユーザのそれぞれの視点から示していることが挙げられる。紛争内容が千差万別であるだけにここで書かれている「対応」は,ごく一般的なものであって,通常の危機対応で求められるものと大きな違いはないように思われるが,いくつか印象に残るフレーズもある。

システム開発訴訟を取り扱った経験が少ない弁護士は,ユーザ,ベンダいずれの立場から助言する場合も,往々にして楽観的な見込みの下で極端に強気のアドバイスをしたり,逆にシステム開発のことがよくわからないために相手方当事者に迎合的なアドバイスをしたりすることが多い。(147頁)

逆にシステム開発訴訟を取り扱った経験が少ない弁護士が出てきて極端に強気の要求に固執することにより,まとまりかけていた交渉が決裂することもある。(148頁)

いずれも裁判外交渉における「あるある」なのだが,ここまで明確に書いている例も珍しい。とはいえ,これもまたシステム開発紛争固有のものではなく,専門型紛争においてよくある話だろう。


本書では全般的に紛争対応については慎重な姿勢を示している(当然だろう)。自分が関わっている中でも,相談を受けた案件で訴訟になるのは10分の1にも満たないし,自分も現時点ではシステム開発紛争の解決手段として訴訟が最適だとは思えないので,最後まで避けたいと考えている*2


また,3つ目の特徴は,民法改正とシステム開発との関係についてページが割かれていることである。この点は,「裁判例から考える」でも解説がったが,分野を問わず,これから刊行される契約関係の書籍には必須のテーマであろう。


というわけで,冒頭にも書いたように,本書は短時間で通読できる上に,ニュートラルかつコンパクトに論点を網羅しているため,この種の案件の入門として最適である。


システム開発に関係する判例は割と頻繁にチェックしているほうだと思うので,こういう本が出ると巻末の「判例索引」が気になる。システム開発紛争プロパーの裁判例については,ほぼ本ブログの別館にて紹介していたり,(ブログで紹介はしていないが)目を通していたものだったりするので安心したが,それでもまだ自分の目に触れていないものもあったりするので,こういう本や論考が出るたびに,情報のインプットを欠かすことができないなと強く思う。

*1:http://d.hatena.ne.jp/redips/20170327/1490541780 にて紹介している。

*2:この種の紛争は,訴訟よりも,裁判所で行う調停や,ADRが適しているし,実際にうまく解決に至ったケースもそれなりにあるのだが,相手方の協力が得られなかったり,依頼者が訴訟による解決を求めることもあるので,メインストリームには至っていない。