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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

裁判例から考えるシステム開発紛争の法律実務

タイトルにあるとおりシステム開発に関する裁判例をベースに,裁判所の考え方と当事者の行動指針を示す書である。


裁判例から考えるシステム開発紛争の法律実務

裁判例から考えるシステム開発紛争の法律実務

私自身,別館ブログ*1で少しずつ読んだ判例を書き溜めて,特にシステム開発に関する裁判例は,論点別に整理していたので,発売前の表題を見たときから,「いつかこういうの書きたいと思っていたんだよな・・・」というのが正直な感想で,中身を読むのを楽しみにしていた。


で,中身を読んでみれば,企業法務で著名な事務所の先生方4名の力を結集しただけあって,個人ブログの情報量など比べるべくもなく,大変充実した情報の整理,分析がなされている。


本書は,「多段階契約と一括契約」「瑕疵」「追加報酬」などの,システム開発紛争で論点となりやすいテーマ別に,裁判例を紹介しながら論点解説をするとともに,各章末にケースを挙げてポイント解説するという体裁になっている。純粋な法的な論点のみならず現実に,システム開発紛争で実務上よくありがちな問題点にも言及されており(例えば,仕様の「詳細化」と追加報酬請求の関係に関する本書170頁以下や,ベンダが謝罪文を出してしまった場合に関する本書242頁以下など),痒い所に手が届く仕様になっている。


こうして,システム開発関連の裁判例が150も分析されているだけに,かなりボリューム感がある充実した書であるが,本書を利用する際にはいくつか注意点しておくべきポイントがある。


第1に,多数の裁判例があるといえども,判例準則といえるほどの規範が確立しているわけではないことである*2システム開発案件は,規模も対象システムも,ベンダとユーザの関係も,開発方法論もバラエティに富んでいるので,ある事件でなされた判断は,あくまで当該事例でしか通用しないものと考えるべきで,それを過度に一般化できない。著者の方々はそのことを認識された上で,論点整理をされているが,読み手が,特定の裁判例の特徴的な判示部分に基づいて目の前の事件の判断をしてしまわないようにしておきたい。


第2に,本書の立場が「ベンダ寄り」になっていることである。表題や,具体的な本文中の表現において,ベンダサイドに寄った記述が目立つというほどではないのだが*3,各章末の「システム開発現場への教訓」の箇所では,基本的にベンダの視点に立った記述で,ベンダへのアドバイスが中心となっている。もっとも,ユーザの法務担当らにとっても,ベンダの対策が見えてくるという意味で有益である。


本書は,上記のとおり,ベンダ寄りに「紛争」を扱っているということで,過去の類書を含めて独断でマッピングすると以下のような感じになる(さりげなく,自分の著書をニュートラルなところに位置付けているが・・)。本書の登場によって,各領域に満遍なく文献が配置されるようになったといえる。

あと,少しだけ注文を付けるとすると,本書の刊行が平成29年2月だったことを考えると,もう少し最新の裁判例も取り込んでおいていただきたかったかなと思う。本書では,最新のもので平成26年9月だが,平成27年平成28年にも重要裁判例が多数出ている。ただし,この点は,著者の事務所のウェブサイトで公開されているコラムで順次取り込まれる予定のようなので,楽しみ。


また,本書では,判例索引は用意されていない。確かに,特定の裁判例をキーにして,そこに関連する記述を探すという使い方は,自分を含む一部のマニアックな層しかないのかもしれないが・・


150の裁判例のうち,平成20年以降のものの多くは,別館ブログで紹介してあったり,過去に読んだことがあるものだったが,見落としているものもあった。本書をきっかけにまた勉強しなおしたい。


それにしても,松尾剛行先生の執筆パワーはすごすぎる。

*1:http://d.hatena.ne.jp/redips+law/

*2:敢えていうならば,システムの完成は,予定された最終の工程を終えているかどうかで判断するという規範は確立しているともいえるが(東京地判平14.4.22判タ1127-161ほか。本書137頁),これも,結局は,最終工程は何であるか,それが終えているのか,という事実のレベルでは問題になるので,それほど固い規範とはいえない。

*3:ベンダの義務として,プロジェクトの中止提言義務までも言及したスルガvsIBM事件控訴審の射程を限定的にとらえているところなどが一つの例として挙げられる。本書131頁。