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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

「ひな型」はいじるためにある ~新民法施行日に~

2020年4月1日は,新民法の施行日。法律の勉強をし始めてから16年になるけれど,新会社法施行を超えてもっとも実務的にインパクトのある法改正なのだが,今は新型コロナウィルスでそれどころではない。

新民法施行の日に,あらためて契約書「ひな型」の意味について考えてみたい。

多くの会社では,契約書のひな型の見直しが行われたことと思う。改正法の影響を直接受ける類型や条項は,それほど多くないかもしれないけれど,これを機に契約書の各条項を見直すことができたのはよいことだっただろう。

私も,多くのシステム開発契約その他IT関連の契約ひな型について,新民法対応を含めた見直し依頼をいただいた(実は,4月に入った今日になっても「今日から改正されるようなので,見直して・・」という依頼があった。)。そこで感じたのは,本来,「ひな型」というのは標準的な契約書であるはずなのに,実際には,一度「ひな型」を作ると,個別の取引に応じて修正するべきでない,してはならない,という考えが強いということである。

商品・サービスの内容が同一のものであれば,その提供条件を定める契約書の内容も画一的にしておく必要があるのもよくわかる。しかし,私が多く取り扱うシステム開発取引の場合,まったく同じ案件というのは一つもない。ユーザとベンダとの力関係,役割分担,責任範囲,スケジュール,難易度その他パラメータは無限にあり,それに応じて契約条件も異なるはずだが,個別の取引に応じて契約条件を変更することを嫌がる人が多い。法務も現場も。

例えば,SIerの場合,提案書のひな型はあると思うが,それを変更せずに提出するなどという話は聞いたことがない。しかし,契約書の場合,それが変更すべきでないという考えが支配的である。

その結果,契約書が,現実の案件にフィットしたものになっておらず,いざ紛争の種が生じたときに大したことが書いていないから「使えない」ものになってしまう。あるいは,取引を開始する前に話し合った「取り決め」があるのに,それを契約書に反映していないために,あとから「言った,言わない」の不毛な争いが生じる。

今さら言うまでもなく,法務の仕事の本質は(もちろん弁護士も),契約書の文言上での有利・不利を判断して修正することではない。現場で話し合われた条件が,契約書に正しく反映されているか,現場で話し合われなかった条件を,契約書に反映すべきでないかと考えることである。

しばらく前,ある会社から契約書ひな型を全面改訂するという依頼を受けて作成した*1。せっかく作ったのだから,このひな型を使う人向けに研修しましょうということになった。契約書の条項を解説しても眠いので,かなり論点を絞って話をしつつ,「中身を覚えていただく必要はなく,大事なのは,ひな型をそのまま使えばいいということではなく,取引の実際に合わせて変えることです」「その背景に法律・契約の知識が不可欠なので,変え方は法務と相談しましょう」と強調した。

私の講義のあと,休憩を挟んで会社の方が社内ルールの説明ということで壇上に立った。社内ポータルからひな型をダウンロードできるという手続に続いて「これを,そのまま使ってください。」と。

*1:類似の事例を多少変更。誇張しています。