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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

「あるある」のオンパレード ~スタートアップの取引慣行に関する実態調査について(中間報告)~

6月30日に公正取引委員会から,「スタートアップの取引慣行に関する実態調査について(中間報告)」が公表された。

 

www.jftc.go.jp

これは,昨年からスタートアップを対象に行われた調査結果を取りまとめたもので,今後,独占禁止法上の評価等を整理した調査報告書が出されるようである。

関係者のつてを頼りに数社だけ申し訳程度にヒアリングをしたというものではなく,創業10年以内の非上場企業,5000社以上を対象にアンケートを行い,1447名から回答があったということで,それなりの規模で行われている。業種は,予想どおり,50.4%が「情報通信業」ということで,IT系が約半数を占めている。また,8割以上が,従業員50人未満で,資本金5000万円未満(シリーズAの手前くらいか)が6割近くで,「スタートアップ」*1が対象になっている。

この中間報告の中身はそれぞれ興味深いのだけれど,ここで紹介したいのは,大企業等と連携する取引や経験において,納得できない行為を受けた経験に関する設問である。納得できない行為を受けた経験自体は,全体の15%程度で,受け入れた例に限定しているわけではないが,その具体例として挙げているものが,10年以上,スタートアップ法務に関わっていて頻繁に目にしていた例が多く,涙なしには読めない。

一部抜粋すると,

NDA に反して,自社の重要な資料を取引先が他社に開示することがあり,中には,アルゴリズムの組合せを開示することもあった

大企業からの出資を受ける目的で NDA を締結した上で,事業内容に関する資料を多数共有したが,結果的に出資に至らないだけでなく,当該大企業が当社の競争相手となった。  

資金調達を欲するスタートアップとしては,ベンチャー・キャピタルに対して,技術・ノウハウ等のあらゆる情報を提供せざるを得ないが,彼らの関係会社にその情報が流出し,いつの間にかほとんど同じサービスが勝手に立ち上げられていることが起こっている。

PoC 後の契約の締結をほのめかされ,無償で PoC を行っていたにもかかわらず,その後の契約を結んでもらえなかった。

共同開発で顧客に提案するという形で,報酬をもらう約束だったが,もらえずに開発だけ行った。

取引先の契約のひな型を全て受け入れなければ契約不可とされ,契約の修正に応じてもらえなかった。

このような例が数ページに渡って掲載されている。

スタートアップの経営者にはぜひ目を通していただきたいが,これを読まずとも「こんなわかりやすい落とし穴に自分が嵌るわけがない」と思われるかもしれない。しかし,実際には,目の前のチャンスを掴むために不利な条件をのんだり,不利な条件があることに気づかないことが多い。そして,多くの場合,その問題が顕在化せず,別のことでつまずいたり,研究開発がうまくいったりしている。

問題が顕在化し,「これっておかしくないですか?」という相談を受けることもあるが,私は,スタートアップ経営者を「なぜ,こんな不利な条件を受け入れたのですか」と責める気にはまったくならない。確かに条文だけを素直に見れば絶望的な場面もあるが,裁判所に持ち込んで決着をつけるケースは稀で,交渉によって打開できることもあるから諦めてはいけない。

この中間報告に載っていなかったが,私がよくみるのは,

担当者同士で条件を合意していたのに,取引先から提示された契約書ドラフトにはまったく反映されておらず,取引先の管理部門と一から交渉のやり直しになった。

契約条件の交渉過程で,こちらが1,2日で打ち返しても,戻ってくるのに毎回2,3週間かかり,実務を先行せざるを得なかった

というやつである。いずれも合意プロセスにかかわるもので,「そういう相手とは付き合わなければいい」と割り切れるものでもなく,明快な解決策に乏しい。

 

*1:この種の調査では,ベンチャー,スタートアップといいつつも,楽天,ヤフーといったメガベンチャーを対象としているものも少なくない。