Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

クラウドサービス契約について考える

AWSのブログにて,8月5日付けで「第二期政府共通プラットフォームにおけるクラウドサービス調達とその契約に係る報告書」が公表されていることを知った。

https://cio.go.jp/node/2704

何についての報告書か

 政府のクラウド基盤としてAWSが採用されるということが今年の2月に報道されていた(下記記事)。

xtech.nikkei.com

この報告書では,政府がクラウドの導入に当たって「クラウドサービスのメリットを最大化するための契約方法」を検討し,締結に至った事例を紹介するというものである。

クラウドサービスと法律,というテーマでは,2010年前後くらいからいくつかの論考や書籍が多く出されており,固有の法律問題についての議論はおおむね出尽くした感があった。しかし,2020年になった今でも,もっともベーシックな形態であるクラウドサービスをユーザに使ってもらうという契約についての考え方が,政府とベンダーとで大きく異なっていることに少なからぬ衝撃を受けた。

この報告書については事実上の契約当事者であるAWSが紹介しているが(下記),それとは独立して,この報告書を見て気になったところに触れてみることにする。

aws.amazon.com

間接契約?

この報告書のキーメッセージは,「間接契約」を採用したということである。間接契約というのは何のことはない,下図(報告書2頁)のように,ベンダーと直接契約するのではなく,間に国内の別の事業者をかませる形態である。

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人を介さないサービスであるクラウドの場合,間に事業者を挟む意味はあまりない。SaaSのスタートアップも,大企業と直接契約することができ(上図の「直接契約」),中間搾取もないところに旨味があると考えられる。

もちろん,営業活動を代理店などのパートナーが支援し,別の付加価値を付けるケースもあるが,その場合でも,クラウドサービスの利用条件自体は,直接取り交わすことが一般的であると思われる(上図の「間接契約(2)」)。

しかし,今回,政府が採用した方法はそのいずれでもない「間接契約(1)」であった。

契約に関する考え方のギャップ

なぜ「クラウドサービスのメリットを最大化するための契約方法」を検討した結果,わざわざ間接契約(1)を採用したのか。それは,報告書概要のスライド3の図が端的に示している。

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クラウドサービス提供契約の性質に対する考え方がまったく異なっていて,その調整がつかなかったので,中間事業者を咬ませてそこで吸収させることにしたということのようである。

クラウド契約は請負か・準委任か

この図でわかるとおり,政府はIT調達にあたっては「請負契約」であることを求め,支払には成果物の納入が必要だと考えている。

提供するサービスの性質を問わず,請負契約の形態に合わせるようにする考え方を,(個人的には)請負原理主義と呼んでいるが*1,こういう考え方を持つ発注者(ユーザ)は少なくない。ただし,政府も「本来、クラウドサービス利用そのものについては、このような請負契約は馴染まないと考えられる。」と書いているように(報告書6頁),クラウドサービスを提供する契約の性質が請負だと言っているわけではない。

他方,AWSは,「準委任契約」であるとする。報告書でも,こう述べている。

クラウドサービスの特性から、民民の契約においては、受託者とSLAなどを締結することにより一定の品質の保証を求め、それをベストエフォートで提供することについて善管注意義務を負わせる準委任契約として締結することが多いとされる。 

国の調達では「請負」としたいが,クラウドサービスの性質上,それは難しいし,事業者も異なるということで,その着地点が,上述した「間接契約」方式だった。

国におけるクラウドサービスの契約は、システム構築や運用役務とセットで実施している請負契約の形態が多くなるものと考えられる。準委任契約を締結するに当たっては、そのひな形の検討及び整理等、より一層の調整が必要であると判断し、令和2年度は間接契約(1)(「図3 契約方式比較」参照)による請負契約とした。

請負vs準委任の区分は必要か

クラウドサービス契約に限らず,IT関連の契約で,この両者のどちらにするかが論点となることが多い。それぞれの立ち位置を明らかにすることとしては意味があるかもしれないものの,どちらかに決めなければならないわけでもないし,民法が定める典型契約のどれかに分類しなければならないというものでもない(ライセンス契約,リース契約など,一般的なビジネスの契約でも典型契約に分類されないものは多い。)。よって,請負か準委任かということを議論すること自体にあまり意味がないと思うのだが*2,クラウドサービスの契約についてこのような初歩的な議論がなされること自体,まだまだ契約実務が成熟しているとはいえないと感じる。

責任限定の考え方

また,損害賠償額の上限についての考え方も大きな論点となっている。政府は賠償額の上限を定める契約を基本的に受け入れないが,クラウドサービス事業者の契約ではこの種の責任限定条項*3が入っているのが一般的である。初期導入コストを抑えて,広くあまねく高品質なサービスを低料金で提供するためには,過度な責任が生じないように限定するという考え方自体は一般的に受け入れられていると言ってもよい。

間接契約にすると,中間事業者は政府に対して青天井の責任を負い,クラウドサービス事業者は責任が限定されることになるが,これでは中間事業者のリスクが大きすぎる。そこで政府の示した解決策が,再委託の条件について,発注者の事前の承諾を取り,その承諾がある限りは中間事業者は,クラウド事業者が中間事業者に対して負う責任と同一の義務にとどめるというものである。

今回の政府によるクラウド利用の場面では,最初から(再委託先となる)クラウド事業者は決まっており,その提供条件も固まっているので,現実には,中間事業者は責任限定条項による保護を受けられることになるのだが,双方のメンツを保つだけの解決のようにも思える。

その他さまざまなギャップ

従来の受託ビジネスが染みついているため,他にも様々なギャップが生じている。ギャップというよりは,クラウドなのに非クラウド的な考え方を無理やり維持しようとしているのではないかという疑問を感じるところである。

例えば,政府は「成果物」が必要だとするが,クラウドサービスにおいては,従量制の利用料金を算定するための「実績レポート」を成果物としたという(報告書13頁)。

他にも,クラウドサービスでは請求書PDFをユーザがダウンロードすることになるが,その「原本性」について整理が必要だという指摘がある(報告書6頁)。

DXを推進するのであれば,契約の考え方,事務処理を含む実務の考え方を変えていかなければならないが,従来の考え方に無理やり当てはめなければならないという姿勢とは相反するものである。

責任共有モデル

ここから先は,報告書で触れていないところだが,AWSをはじめとするクラウドサービス事業者には,こうしたクラウドサービス時代における契約条件,責任分界点について「責任共有モデル(Shared Responsibility Model)」という考え方を提唱している。

aws.amazon.com

マイクロソフトAzureでも同様の考え方が示されている。

私自身,先日もAWSのリーガルメンバーの勉強会に参加して議論させてもらった段階であり,「責任共有モデル」についてちゃんと理解しているかどうか不安がある。ツールやサービス自体の機能・品質は,クラウドサービス事業者が責任を負い,その構築・設定や利用についての責任はユーザが負うというもので,従来のASP,SaaSあるいはオンプレミスのシステムにおいても同様の考え方はあったので,革新的というものではないが,サービス事業者に丸投げ,というユーザからすると警戒感が生じるのかもしれない。

しかし,各社が自前のIT資産を保有する時代は終わり,ユーザ自身がサービス・技術の内容と限界を理解して,選択・組み合わせを行う時代には,こういった考え方が拡がっていくことと思われる。

おわりに

民間取引では,すでにSaaSの導入が広がり,クラウドサービスは一般的になりつつある。約1年前,SaaS規約ナイトにも参加させてもらって,クラウドサービスの提供条件について議論させてもらった。

masahiroito.hatenablog.com

このとき,規約は単に事業者を守るツールではなく,カスタマーサクセスを実現するためのツールとして活用すべきという意見が出ていた。そのためにはクラウドサービス事業者も,自らの守備範囲については品質に責任を負い,その外側であるユーザとの責任範囲を明確にしていくことが重要になるだろうし,それは上述の「責任共有モデル」の考え方と共通する。

今回の報告書を見て,クラウドサービスに関する契約の考え方にあまりにも大きなギャップがあることに驚いたが,報告書の最後に次のように書かれているように,

従来のようにクラウドに預ける、任せる、載せるという考え方で全てを事業者に任せきりにすることは、一般論として、事業者が自らに有利な料金設定をするリスクが生じ、また、新機能の採用やシステム変更などの変化への対応に時間やコストがかってしまうなどのリスクもある。そのようなリスクが顕在化すれば、ひいては国に対して大きな損失を与えることになりかねない

政府もこの問題点をよく理解している。この報告書でも「今後の主な検討事項」として,

・契約方式の継続検討(包括契約の締結の可否、直接契約・間接契約の選択、準委任契約・請負契約等)

としているように,今回の契約方法はあくまで暫定的なものだと思われる。

新しいビジネスモデル,技術が登場したとき,それを既存の法形式に当てはめることももちろん重要だが,サービスの内容の特徴に即した法形式・契約方法を用意していくことが期待されている。

*1:ちなみに,「請負=成果物の納入が必要」という考え方も誤りである。民法633条本文では,仕事の目的物の引渡しと同時に報酬を支払うことを定めているが,但書では「ただし、物の引渡しを要しないとき」には,624条(雇用の条文)を準用しており,労働の終了とともに報酬を支払うことを定めているが,これは,成果物の引渡しをもともと必須としていないことを前提とするものである。

*2:書面の合意がないまま紛争になった場合に,それがどのような性質の契約だったかを後付けで議論することには意味があると思う。

*3:例えば,故意または重過失がある場合を除いて,利用料金の1年分を賠償額の条件とするなど。