一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)が9月6日に「ディープラーニング開発標準契約書」を公表した。
AIの開発に関する契約といえば,昨年6月に公表された「AI・データの利用に関する
契約ガイドライン 」が良く知られている*1(これを「METIモデル契約」という。)。
このガイドラインは,圧倒的なボリュームがあり,解説も充実しているが,「とりあえず雛形が欲しいんだよ」勢には少しとっつきにくい。その点,JDLAの雛形は,シンプルかつ実践的なパターン分けとともにひな形をドンと提示している点で潔い。
JDLAの雛形は,
主に受託者となるスタートアップが本契約書の利用者となることを想定しています。
とあるように,必ずしも契約書リテラシが十分でない企業でも,大きな誤りが生じないように配慮してある。
ディープラーニングに限らず,AIに関する開発委託では,一定の成果が約束されていることが前提となる旧来型のソフトウェア開発委託契約では実務に適合しないということは知られているものの,契約書は,従来の請負契約をベースとしたものが平然と使われていることが少なくない。これは,契約法務に無知なスタートアップに生じているというよりは,むしろ大規模SIerやコンサルティング会社において,契約を重視せず,とりあえずありものを使いまわしている印象がある。
JDLAの雛形の内容はいたってシンプルだ。
この種の雛形は最大公約数的に条項を詰め込む傾向にあるので,長くなりがちなところ 「2.開発委託契約書_利用料有版 利用条件・利用料の定めあり」を例に見てみると,全16か条*2と,短い。また,公的なモデル契約の場合は様々な配慮から特定の条項について「A案/B案」といった複数案の併記が行われるが,JDLA雛形は,そういった併記はない。
第3条には,
受託者は、本件業務の遂行によって生じた開発物(以下「本件開発物」という。)によって、委託者の業務課題の解決、業績の改善・向上その他の成果や特定の結果等が生じることを保証しない。
という,一般的なソフトウェア開発委託とは本質的に異なることを宣言していることが重要である。こういった非保証の条項は,無責任さを示すものではなく,共同開発や(ソフトウェア以外の)開発委託ではよくみられるものである。
他に,委託者から提供されるデータについての取扱い(第6条)も特徴的な条項だといえるし,成果に関する権利帰属の条項(著作権について第9条,特許権等について第10条)は,旧来的なソフトウェア開発委託とは内容が異なるので注意しておきたい。
ところで,この種の契約で常に気になるのが損害賠償の範囲を限定する条項である。JDLAの雛形では,第13条2項で,
受託者が委託者に対して負担する損害賠償は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、知的財産権の侵害、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、本契約の委託料の2倍に相当する金額を限度とする。
と,委託料の2倍となっているところが気になった(METIモデル契約では1倍である。)。全体的にスタートアップに配慮した内容になっている割には,ここだけ開発者側に配慮しているわけだが,解説が付されているわけではないのでどのような議論が行われた末のものかは不明である。
いずれにせよ,より実務に沿った契約の雛形がリリースされるのは歓迎したい。JDLAの雛形は,ディープラーニングに限らず,AIに関わる開発に広く適用可能だとは思うが,開発の目的,背景,前提はすべて案件によって異なるため,これをそのまま使うというのではなく,実情に合ったカスタマイズが必要だということに留意しておきたい。