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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

SOFTICセミナー/AI・データの利用に関する契約ガイドラインの解説

AI・データ取引をめぐる法務・知財実務の展望と題して,6月15日に公表されたばかりの「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」の解説に関するセミナーを聞いてきた。

はじめに

このガイドラインは,「データに関する取引の推進を目的とした契約ガイドライン」(2015年10月)*1と,「データの利用権限に関する契約ガイドライン ver1.0」(2017年5月)*2をさらに発展させたものであるが,大きく「データ編」「AI編」に分かれ,合わせて350頁もの大部なものである。


先月,パブコメに付されていて,内容はちらほらと見ていたが,全体を把握するのによいということで,セミナーに参加した。講師は,2017年より,このガイドラインの検討会の委員を務められたの岡田淳弁護士(MHM)。


特徴は,事業者からユースケース(具体例)を吸い上げて検討し,それをもとにガイドラインに落とし込まれているので,きちんと実務に根差した「使える」ガイドラインであると期待できる。


ガイドライン全体の構成は,以下の図のとおり(データ契約ガイドライン検討会第3回資料*3 より)。


データ編

http://www.meti.go.jp/press/2018/06/20180615001/20180615001-2.pdf


具体的な契約条項例が示されているのは「データ提供型」と「データ創出型」である。前者は,一方当事者がすでにもっているデータを他方当事者に提供するという場合のもので,ある意味,典型的な類型である*4。後者は,契約当事者が関与することで新たに創出されるデータの利用権限について定める類型である。共同研究開発契約的な色彩があるという印象だ。


なお,第3の類型として,「データ共用型(プラットフォーム型)」は検討はされているものの,具体的契約条項例の提示までは至っていない。


データそのものが知的財産権法で保護される局面は限られているし*5,所有権というものは観念できないが,利用権限の範囲・内容を定めるうえでは,オーナーシップ(事実上の地位/債権的な地位)を明確にし,そこを出発点に考えていくというのが有用だといえる。


具体的なモデル条項例についても解説があった。


データ提供型契約で一番問題となるのは,派生データの取り扱いだろう。生データの提供を受けて編集・加工・分析した結果を派生データと呼ぶとするならば(その定義・範囲も容易ではないが),通常は,受領者側は派生データについて何らの制約を受けたくないと思うだろうし,他方で,提供者側は一定の権利を留保しておきたい(グラントバック等)と考えるだろうから。


データ創出型契約では,そもそも論である発生データの利用権限の分配だろう。そして,その先の派生データについての利用権限については,前述の派生データと同様の問題が生じる。この点について,モデル条項では,個別のデータ・項目について両当事者それぞれの利用権限を表形式でまとめる案を提示されている(データ編120-123頁。下図は表形式のイメージ。)。



AI編

http://www.meti.go.jp/press/2018/06/20180615001/20180615001-3.pdf


AI編は,AIを「作る」までの過程についての契約にフォーカスがあてられている。しかし,AIを生成する段階についてまだ幅広い共通理解がなく,開発手法も画一化されていないことから,データ編よりもさらに基礎的なところから整理・分析するということが行われている(技術の解説に関しても一定のボリュームが割かれている。)。従来のソフトウェア開発とも論点が共通する部分もあるが,様々な違いがあることから,その違いを意識すると理解しやすいだろう。


モデル契約は「探索的段階型の開発手法に沿った契約」とされている。これは,従来のソフトウェア開発でよく行われたウォーターフォールモデルをベースとした多段階契約とは異なり,試行的・実験的な要素を有するAI開発の特性を生かしたものとなっている*6


従来のソフトウェア開発の場合,ユーザが仕様を提示し,ベンダがプログラムを開発する。これがAIを開発では,多くの場合,ユーザは仕様だけでなく学習用データを提供しているため,ユーザは,より一層,完成した学習済みモデルに対する権利への意識は強く生じると考えられる。また,単なるデータと違って,AIの成果物は知的財産権の保護対象になるものも多い。したがって,今までは割と「なあなあ」で過ごされていた成果物に関する権利帰属に関する規定は,交渉上重要な論点になると考えられる。


成果物の利用方法・態様を別紙にまとめるという案は,データ編とも似ているが,確かにこのほうがわかりやすい(AI編129頁)*7



また,従来のソフトウェア開発では,成果物であるソフトウェアは「正しい」振る舞いをすることが当然の前提で,正しくない動作をすれば,ベンダは瑕疵担保責任なり不完全履行の責任を問われることになる。他方で,AIの場合,「正解」がない,あるいは約束できないことが多いため,ベンダからは性能・結果に対する責任の緩和を求められるだろう。さらには,納入後にさらなる学習・発展をしていく場合についての責任の所在はより複雑になっていく。これを単純に「非保証・免責」と書けばベンダとしては安心かもしれないが,うまくバランスとっていくことは容易ではない。

おわりに

経産省が公表したモデル契約として実務に広く定着しているのは,2007年に公表された情報システム開発にかかるモデル契約であるが*8,2008年に増補版が出たものの,その後の改定は行われていない。このAI・データの利用に関する契約ガイドラインは,経産省の説明によれば,今後も継続的に改訂をしていきたいとのことであるが,実務の変化に合わせて拡充していくかどうかが広く実務に定着していくかの鍵になるように思われる*9

*1:http://www.meti.go.jp/press/2015/10/20151006004/20151006004.html

*2:http://www.meti.go.jp/press/2017/05/20170530003/20170530003.html

*3:http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/data_keiyaku/pdf/003_01_00.pdf

*4:拙著「ITビジネスにおける契約実務」第7章で取り上げた契約類型はこのパターンである。

*5:不正競争防止法の平成30年改正によって「限定提供データ」というものが創設されたが・・

*6:具体的には,アセスメントフェーズでの秘密保持契約,PoCフェーズでの検証契約,実装段階の開発委託契約

*7:モデル契約における「本件成果物」と「本件成果物等」は定義が異なる(当然後者が広い)ので注意。

*8:http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/keiyaku/index.html

*9:英語版の作成も予定されているとのことなので大いに期待したい。