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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

詰将棋の著作権

詰将棋は,著作物なんだろうか。本や新聞に載っている詰将棋を,ネット上に無断で掲載したりすることは,許されないのだろうか。


仮に著作物だとするならば,これを著作者(多くは創作者)に無断でネット上に掲載することは公衆送信権侵害になるし,コピーして将棋教室などで配れば,複製権侵害ということになってしまうから,普及活動に支障が出かねない。逆に,著作物ではないとするならば,無断転載を発見したとしても,何も言えないことになってしまって,創作意欲を失わせてしまうかもしれない。


ただ,このことは,現実的な大きな問題とはなっていない。比較的簡単な問題を教室内で生徒にコピーしたりして配る程度であれば,権利者はとやかくいわない(黙示的許諾)だろうし,芸術的作品となれば,それが著作物であろうがなかろうが,それに触れる者はみな敬意を表し,ネットで無断で貼り付けまくったりするようなことは(今現在では)ない。


なので,ここから先は,単に法律屋としての一つの思考訓練ということで,どんな結論であれ,私自身は,普及・指導目的での配布,配信にヤボなことを言うつもりもないし,芸術的作品の地位を貶めようという意図はまったくない。


まず,wikipediaでは,

詰将棋は指し将棋より創作性が高く、芸術や文学などと同様、個別の詰将棋が「作品」として扱われる。従って、詰将棋著作権が認められるということでほぼ異論なく合意されている

などと書いてある*1が,法律屋の視点から見れば,前段の帰結として当然に著作権が認められるとはいえないので,順に検討してみたい。


法律上,詰将棋が,著作物として保護されるためには,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属する」ことを要する(著作権法2条1項1号)。このうち,「創作的」「表現」といえるかが問題だ。


この問題を考える上で参考になるのは,東京地裁平成20年1月31日判決*2。この事件は,以下のようなパズルの複製が争われた事件だが,その前提として,これらパズルの著作物性も争点となっている。

パズルの著作物の一般論として,同判決は,

数学の代数や幾何あるいは物理のアイデア等を利用した問題と解答であっても,何らかの個性が創作的に表現された問題と解答である場合には,著作物としてこれを保護すべき場合が生じ得るし,これらのアイデアを,ありふれた一般的な形で表現したにすぎない場合は,何らかの個性が創作的に表現されたものではないから,これを著作物として保護することはできないというべきである。

として,現実に複製権侵害が問題となった12種のパズルについて,一つずつ創作性と同一性(複製)を検討している。


そして,各種のパズルについて,その根本となるアイデア(例えば,上記の例でいえば,5本のマッチ棒のような線分の位置を動かして,別の形状にするという着想)については,著作権法の保護の対象ではない「アイデア」であるとし,その中の具体的な選択については著作物性が認められうるとしている。


一例として,

において,

3種類の缶を載せた二つの天秤の釣り合いの状況から,3種類の中で最も軽い缶を答えさせる問題である。これは,連立方程式の応用問題であり,3種類の缶をX,Y,Zと置き換えれば,二つの方程式〔2X+Y+Z<2Y+2Z〕,〔X+2Y+Z=X+2Z〕となるから,この二つの方程式を天秤と3種類の缶でビジュアル化したパズルである。

と,アイデアを特定し*3

重量の異なる複数種類の物を載せた二つの天秤の釣り合いの状況から,複数種類の物の軽重を問うことは,数学の連立方程式を天秤等を使用してビジュアル化するとのアイデアであり,このようなアイデア自体を特定の者に独占させることは相当ではない

こうした天秤パズルというアイデア自体は著作物とはならないが,

重量の異なる3種類の物を載せた二つの天秤の釣り合いの状況から,3種類の物の軽重を問うパズルを表現する場合,連立方程式の組合せは無数に考えられるのであるから(略),このようなパズルには作者により表現の選択の幅があるものということができ,原告パズルFは,特定の連立方程式を採用した上で,これを天秤等でビジュアル化したイラストで表現したパズルであり,全体として作者の個性が表われた創作的な表現であると認められる

と,個々のパズル問題は,著作物であることを認めている。


これを詰将棋になぞらえていうならば,一定のルール(将棋のルールをベースに,王手の連続や,最短手順で詰ますなど詰将棋固有のルールを付加したもの。)のもとで玉を詰ませるという着想自体はアイデアに過ぎないし,さらには詰将棋独特のテクニック(例えば,移動合いとか,焦点の捨て駒とか)自体もアイデアであって,それ自体が著作物性を有することにはならないといえる。


ただし,そういった前提のもとに,初形としてどこにどの駒を配置して,どういう手順で収束させるかという選択の幅は,事実上無限に存在するのであるから,表現の幅があると考えられるので,個々の作品には全体として作者の個性が現れた創作的な表現,すなわち著作物性があるとみてよいだろう。


さらには,上記の判示に続いて,

特定の連立方程式をこのように天秤等でビジュアル化したイラストで表現したものを特定の者の著作物として保護しても,他に無数の連立方程式が考えられるのであるから,特段の不都合は生じないというべきである。

と述べているように,詰将棋の場合でも,特定の配置を表現したものを著作物として保護しても,他に無数の組み合わせ・配置が考えられるのであるから,不都合はないと判断してよいだろう。


この判例では,原告・被告のパズルにおいて,天秤に乗っている物のイラストが違う(缶かボールか)等の違いがあっても,いずれも連立方程式レベルでは同じだったため,実質的に同一のパズルであり,複製権侵害を認めている。


詰将棋の例でいえば,駒の表現を,五角形で表現するのか,単に1文字で表現するかの違い程度では同一と判断される,というところだろう。


長々と書いたが,結局,一手詰め頭金,のような超定番のものは除いて,多くの詰将棋は,選択の幅がある中で,特定の組み合わせを発見・選択するという意味で,作者の個性が表れたものであるため,著作物であると考えてよいだろう。


もっとも,そうすると,家庭内でコピーするといった場合を除き,詰将棋を流用するとなれば,制限規定(著作権法30条以下)に該当することはほぼないため*4,厳密に考えれば,教室での配布などは複製権侵害になりうる。ただ,普及・指導目的での利用であれば,権利者は黙示的に許諾していると考えられるので,実質的問題は生じないのであるが。

*1:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A9%B0%E5%B0%86%E6%A3%8B#.E8.91.97.E4.BD.9C.E6.A8.A9

*2:民事46部設楽裁判長 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080220103513.pdf

*3:蛇足だが,上記引用中の不等式の向きは間違っていると思う。

*4:作品の批評目的での引用として掲載すれば,引用の要件を満たせば,著作権侵害にはならない。