Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

棋譜の著作権 ネットなどで出回り問題に

将棋の話題ではなく,囲碁のニュースだが,棋譜に関わる著作権という意味では問題は共通する。


http://mainichi.jp/enta/shougi/news/20110315dde012040011000c.html


上記の記事によれば,

「困ったものですね。どう対処したものやら」。囲碁の総本山である日本棋院(東京都千代田区)の一室。幹部の一人は、1枚のCD−ROMを手に、嘆いた。このCD−ROMは、江戸時代から現在までに至る棋譜を約6万局集録。世の中に存在する公式戦の全棋譜といってもいい膨大な量で、初手から対局を再現することができる。日本棋院のまったく知らない間に制作され、ネット上で販売されていたという。


とある。将棋連盟,日本棋院らは,棋譜は対局者の共同著作物という立場をとるが,法的に確立した解釈ではない。著作権分野で有名な福井建策弁護士の解釈は原則として著作物に「当たらない」というもの。私も同様の考え。


ただ,これを説明するのは難しい。そもそもここで議論されているのは,何の著作物性なのか。単に,「▲7六歩,△8四歩,▲6八銀,△3四歩,▲6六銀・・」というテキスト化された棋譜をいうのだろうか。これは単なる2名の対局者による事実の記録に過ぎず,著作権法10条2項に照らしても著作物とは認めにくい。一方,即興音楽における上演のような対局過程そのものが著作物であり,それを棋譜化したものが複製物だと考えることができそうだ(アドリブ演奏を譜面に書き起こしたようなもの)。


この場合でも,著作物の要件である「創作的に」(2条1項1号)を満たすかどうかが問題だ。棋士は,プロ棋士に限らず,創作的に指し手を選択しながら対局を進めていることは疑うべくもないのだが,その創作性が表現上に発揮されているかというと疑問がある。棋士の創作性は,勝利の追求に向けられているのであって表現に向けられているものではない。この点は,美術,音楽,小説などとは異なる。スポーツの競技のようなもので,その競技そのものには著作物性がないのと同様に,対局過程そのものには著作物性がないというべきではないかと思う。これを記録した棋譜は,野球でいうスコアのようなもので,やはり著作物性がない。


仮に対局過程そのものを著作物としたとしても,あまり意味はない。著作権とは,著作物に関し,様々なこと(典型的には複製)をコントロールすることができる権利であるが,対局過程を再生すると著作権侵害ということになってしまいかねない。周知のとおり,プロの対局に同じ対局は二度と現れないなどと言われつつも,定跡の研究が進む現在では,40-50手,場合によって終盤の手前まで同じ局面が現れることは珍しくない。これは偶然の一致ではなく,過去の著作物に依拠していることになり,複製権ないし翻案権侵害になりかねない(もちろん,権利者であるオリジナル対局者ないし将棋連盟が黙示的な許諾を与えているとも考えられるが)。


結局,将棋連盟は,棋譜著作権を以って何を主張したいのだろうか。プロの対局を,アマチュアが大会や道場などで再現したりすることについて制限したいわけではあるまい。それが,符号化された棋譜になると,とたんに複製,公衆送信に対して将棋連盟が権利を行使したがるというところに違和感がある。


棋譜以外の,観戦記,解説,定跡本などについては著作物性が認められることには,ほぼ疑いがない*1。だから,こうした観戦記等は著作権で保護される。


また,スポンサーである新聞社に棋譜&観戦記の権利を認めておいて,それが誌上に公表される前に,公知になってしまうのは不都合だ,という感覚も理解できる*2。この点については,将棋連盟とプロ棋士との個別の契約でもって,一定期間は開示しないという守秘義務を負わせればある程度は保護される*3


個々の棋譜に著作物性がなくとも,その選択,配列に創作性を有すれば,編集著作物(12条1項)として保護されることはあり得る。「羽生vs森内100局」として棋譜を集めただけでは選択の創作性が認められるか微妙だが,ゴキゲン中飛車の発達史のようなものを作る目的で,棋譜を分類・整理したものについては編集著作物になるのではないだろうか。


などと考えてみると,棋譜著作権を殊更に主張しなければならない場面はそれほどないように思える。要するに,プロ棋士の対局結果にアマチュアが学ぶ(再現することを含む。)ことは問題がないわけだし,解説などの付加価値を付けたものについては,著作権によって保護される。これで十分ではないだろうか。


以前,NHK杯将棋トーナメントの解説で,島九段がいわゆる中座飛車(横歩取り8五歩戦法)について,「将棋に特許があれば,中座さんはすごいことになっていました」的なことをいっていた気がするが,こちらの感覚はよくわかる。残念ながら,将棋の戦法は自然法則を利用していないため,特許法によって保護される発明にはあたらない。とはいえ,特定の戦法を編み出した人が,これを登録することによって権利化し,独占的に使用できるというのは特許法の思想に近い。誰もそんなことしないだろうけれど*4

*1:内容によっては否定されうるだろうが,ある程度のまとまりあるもので否定されることはないだろう

*2:かつて一部プロ棋士において,対局直後に自局を図面入りで解説するケースが多かった。

*3:ただしその場合でも,プロ棋士経由で入手した第三者に対して差止などを行うことは無理だ。

*4:ただし,かつて元祖居飛車穴熊は誰なのかを争う事件があった。 http://d.hatena.ne.jp/redips/20090426/1240755929 参照