Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

松山将棋センター

倉敷戦の後,家族で松山へ。そこで観光半分,将棋半分。


以前から,小中学生の将棋界では,愛媛勢が強いという話を聞いており,熱心な指導者と,強い子たちが集まる道場があるのだろうと思っていた。そこで,ネットで調べて,松山城の観光の後に,午後から松山将棋センターの門を叩いた。


夏休み中だということもあり,長男が訪れたときには数人しかいなかった子どもたちも,あっというまにかなりの人数に増えた。


指導者の児島先生は,キャラも体型(?)も,埼玉の小島先生とは異なるが,熱心な指導と,多くの強豪を育てるという点で共通する。突然やってきた我々に対して,非常に丁寧に対応していただいた。


三茶の道場でやっているという話をすると,「Yくんがいるよね?彼は幼稚園の頃,ここで将棋を覚えたんだ。お父さんの転勤で神奈川に移ってしまったのは残念だったよ。今でも年賀状のやり取りをしている。」と懐かしそうに話をしてくれ,幼稚園時代のYくんの写真を見せてくれた。Yくんは,児島先生の見立てどおり,全国レベルの強さとなり,倉敷戦の常連で,同じ道場での長男の目標でもある。


「どれくらい指せるの?」と聞かれて,先日の倉敷の結果を説明すると,さっそく何人かの子に電話をかけて道場に来るよう,誘っていただいたりもした。


そんな気遣いもいただいて,長男は,短い時間ではあったが,全国大会レベルの子と代わる代わる対局させてもらうという貴重な時間を過ごすことができた(まもなく行われる文科杯全国大会に残っている西日本代表チームの3人のうち,2人まで指すことができた)。


「倉敷に出た後,道後に温泉に入り来たのに将棋指しに来るとは,相当将棋が好きだなあ」とも言われた。確かに,私も行きたかった観光コースの一部を諦めた。


道場には,将棋のルールを覚えたての子から,上述のような全国レベルの子も混じっている。先生は冗談を飛ばしながら(この点は宮田先生との共通点か),子どもたちを上手に指導している。将棋を覚えたての子には,裸玉から。忙しい中,初手で角道を開けることの意味を丁寧に説明していたのには感銘を受けた。


名残惜しい気持ちを感じつつ,道場を後にした。


松山市は人口約50万人。世田谷区の6割くらいだ。それでも,これだけ熱心で,強い子どもたちがたくさんいるというのは,驚異的。私が行ったその時にも,体験の子が来ていたが,「何小学校?」「○○小学校。」「あ,あそこの子なら,うちに10人くらい来てるよ」などという会話が交わされていた。


将棋の普及や,棋力の向上には,熱心な指導者が一人いるだけで,全然違うということを感じた日だった。松山に来ることはなかなか難しいけれど,長男は,「ひとりで飛行機に乗れるようになったら,また来たい」といっていたくらいだった。