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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

アジャイル型開発と偽装請負(NBL No.1196 p.50)

ソフトウェア開発業務委託の分野では,「アジャイル開発は偽装請負にならないか?」が頻出問題だが,この点を正面からとらえた論考に接したので紹介する。

「アジャイル型開発と偽装請負」(上山浩=田島明音) NBL No.1196(2021.6.15号)50頁である。上山先生は,知財,IT(システム開発)の分野では古くから著名な弁護士であり,今さら紹介の必要もないだろう。

この問題に触れたものとして,私の記憶に残るのは,2020年3月にIPAからリリースされた『アジャイル開発版「情報システム・モデル取引・契約書」』がある。

www.ipa.go.jp

この解説16頁には,さまざまな議論が紹介されているにとどまる。文書の性質上,偽装請負の疑いが強いといったトーンではなく,

アジャイル開発の本質に即したコミュニケーションは、ユーザ企業の注文主としての意思決定の伝達等の契約の当事者間で行われる要求や注文、又はベンダ企業の監督の下でユーザ企業がベンダ企業(ベンダ企業側開発メンバ等)に対して提案・助言・説明をする範囲内に収まり、偽装請負となる指揮命令には該当しないこととなるはずである。

といった偽装請負否定的な声が強い。

さて,本論考では,アジャイル開発の説明,いわゆる37号告示*1や,解釈指針としての疑義応答集*2の紹介に続いて,疑義応答集をアジャイル型開発に導入した場合の検討が行われている。そこでは,疑義応答集で述べられている事例(システム開発以外の分野の事例)をそのままシステム開発に当てはめると,偽装請負に当たると判断されてしまいそうではあるが,ベンダの要員には相当程度の裁量の余地があることや,専門的な技術・経験をもとにエンジニアが判断して作業しているといった実態があれば,偽装請負に当たらないといった評価がなされている。

この検討に通底するのは,疑義応答集が想定している業務が,工場のラインにおける作業や,自動車の運転,マネキンなどの単なる労働力の提供を対象とするものであるのに対し,システム開発で提供される業務は専門的能力を要する知能的な労務であるという業務の違いにある。

逆にいえば,ベンダのスキルがそれほど高くなく,ユーザ(発注者)が直接さまざまな作業依頼・指示をしており,単なる労働力の提供に過ぎないと評価されるような場合には,直接の指揮命令を受ける偽装請負だと評価されることになる。

こうした考え方を元に,本論考では,単なる労働力の提供と評価されないための方策を示して結ばれている。

一方で,本論考注8でも触れられているとおり,厚労省の2021年5月13日付けの事務連絡文書*3で,疑義応答集の一部についてはシステム開発を請負業務とする場合でも当てはまるとしている点が気になるところである。もちろん,だからといって,本論考の考え方が否定されるというわけではなく,実態として,ベンダが裁量をもって専門的業務を提供しているのであれば,偽装請負を否定することはできると考えられる。

最近では,システム開発分野における偽装請負の意識が高まり,コンサルティング(特にPMOや,要件定義などの上流工程)業務においても,ユーザから偽装請負にならないか?という疑義が示されることがある。アジャイル型開発同様に,コンサルティング業務の場合,コンサルタントがユーザの元に張り付いて業務を行うことから,「指揮命令」関係にあるのではないか,という問題意識である*4。しかし,この点に関しても,ユーザ自身が指揮命令することができないような専門的技術・経験に基づいて業務を遂行するような場合には,偽装請負には当たらないというべきだろう。

*1:労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準 

https://www.mhlw.go.jp/content/000780136.pdf

*2:

労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(37号告示)関係疑義応答集|厚生労働省

*3:

https://www.mhlw.go.jp/content/000780139.pdf

*4:コンサルタントが自虐的に「単価の高い派遣ですよ」などと言ったりすれば,よりその疑いが高まることになる。