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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

「賠償額は委託料を上限とする」という責任限定条項の解釈【法務系Tips Advent Calendar 2013】

契約書でよくある「損害賠償の額は,委託料の金額を上限とする」といった責任限定条項についてシステム開発取引を念頭に置いて考えてみた。

※本記事は,【法務系Tips Advent Calendar 2013】の企画のもと,書いたものです。

契約書での書きぶり

例えば,経産省情報システム・モデル取引・契約書<第1版>(平成19年4月)の53条(損害賠償)の2項では,次のように書かれている*1

前項の損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、帰責事由の原因となった個別契約に定める○○○の金額を限度とする。

書きぶりはそれぞれ多少の違いはあれども,だいたい似たような感じで,契約金額を上限とするというような内容になっている。


契約書の文言上は,双方当事者共に責任が限定されるようになっているが,実際には何か開発作業でトラブったときにベンダからユーザに対して損害賠償を支払う場面が想定されている。


モデル契約解説によれば,民法の原則に従って相当因果関係の範囲内とするか,システム構築の特殊性を考慮すべきであるかという意見が分かれた結果,具体的な上限額を定めるようにするとなっている。システム構築の特殊性として,オープン化の進展により,ハードウェア,ソフトウェアの整合性を完全に検証する手段がなく,予防手段が限られている,などの理由が挙げられている*2


実際のところ,システム開発や保守契約の契約交渉においてもっとも対立の大きいのは損害賠償に関する規定だが,結局のところ,ベンダ側の「責任を限定しない条項では当社の稟議がとおりません」「無限のリスクは負えない」「業界の慣習」などのマジックワードの元に,ほとんどの取引において同種の規定が存在する。

素朴な疑問

こうして責任限定条項を勝ち取ったベンダは,「まあ,最悪のトラブルがあったとしても,もらったお金を返せばそれで許してもらえる(マイナスにはならない)」という理解をしていることがある。しかし,それは正しいだろうか。契約文言的には,損害賠償の額を限定しているだけであって,「返せば終わり」とは書いていない(文言上,「本契約に基づいて甲から乙に対して支払われた○○の額を上限とする。」と書いてあれば別。)。あくまで,損害額のうち,賠償する額については委託料の金額でキャップがかかるという書きぶりなので,例えば委託料が100だった場合,ベンダは最悪で1円ももらえないまま,100の損害賠償を支払って,-100にもなり得る。

さらなる疑問

そうすると,次の疑問が生じる。開発がほぼ終わりを迎え,契約で定めた委託料が仮に全額支払われていた場合には,それを返還する(賠償する)ことでキャップがかかるため,ベンダが念頭に置いた「返せば終わり」となるが,開発の序中盤で頓挫し,ほとんど委託料が支払われていなかった場合には,上記のような「-100」という状況が生じてしまうのではないか。そうだとするならば,代金の前払い,後払いなどの支払条件によって,同じ事象が生じてもユーザの保護範囲が異なってしまうのではないか。そもそも,支払済の委託料の返還を損害賠償額に算入することは適切なのか*3


近時話題となったスルガ銀行vs日本IBM控訴審判決(東京高判平25.9.26)*4では,責任限定条項について次のように述べている。この事件では,ユーザであるスルガ銀行日本IBMに対して支払った金銭(判決文中では実損害[1])のほか,第三者ベンダに支払った金銭(同実損害[2])の賠償も求めていた。

実損害[2]は,前記認定した損害内容に照らして,前記が定める「現実に発生した通常かつ直接の損害」に当たるものと解されるが,これらの損害を控訴人に請求できるとすると,最終的な控訴人の負担額が,前記において想定していた「各関連する個別将来契約の代金相当額」の限度を超えるのではないかとの疑義が生じ得る。

これは,実損害[1]+実損害[2]の額は,「個別将来契約の代金相当額」を超えてしまうかもしれないから,実損害[2]は賠償の範囲に含まれないのではないか,という問題提起である。このことは,支払済みの委託料を返還させることも,当然に損害賠償の一部であるということが前提となっている。


やはり,ユーザからベンダに対して金銭を支払ってしまうと,結局,賠償を求めるといっても,支払済みの金銭が戻ってくるだけ,と考えざるを得ない。他方,着手金なしで検収完了後の支払いとした場合,ベンダからみれば,キャッシュフロー的にも厳しい上に,万が一の賠償責任を問われた場合に「-100」という状況が生じてしまう。支払条件と賠償範囲が知らないうちにリンクしている。


プロジェクト開始直後の頓挫の場合,ユーザに多大な損害が生じることは考えにくいが,それでも,上記のとおりベンダの最大リスクは「-100」で,プロジェクトがほぼ終了して代金支払いが完了していると,ベンダの最大リスクが「0」となってしまう点でもアンバランスである。

責任限定条項についての驚きの解釈

ついでに,前掲スルガ銀行vs日本IBM事件控訴審判決では,責任限定条項について驚きの判断をしている。上記で引用した箇所に続いて,こう述べている。

しかし,同文言から,実損害[2]で主張されている第三者との間のソフトウエア開発等に関する契約に基づき,控訴人が損害賠償支払義務を免責されるものと認めることはできない。すなわち,控訴人は,本件最終合意の責任限定条項を定めるに当たり,本件システム開発の性質,規模等に照らして,被控訴人が,控訴人との契約のほかに,実損害[2]で主張されている第三者との間のソフトウエア開発等に関する契約を締結することを当然に想定し,あるいは,これを認識できたものと推認される。控訴人が,前記想定,あるいは認識できた第三者との間で締結した契約等の費用について全て免責されることを意図するのであれば,その旨を疑義がない文言により明記する機会は十分に存したといえ,また,対処し得たものといえる。
(中略)
また,同文言からは,免責の対象は,各個別将来契約から派生して被控訴人に生じた損害に限定されるものであり,別の法律原因とされる第三者との間のソフトウエア開発等に関する契約に基づく支払額まで当然含むものと解することは困難というべきである。

以上によれば,本件最終合意及びこれに基づく個別将来契約の規定から,実損害[2]につき,控訴人が免責されると解することは困難である。

もともと,責任限定条項との関係から実損害[2]の賠償を認められないのではないかという問題提起であったが,裁判所は,実損害[2]のようなものは,当然に想定,認識できたのであるから,それを排除するのであれば,契約書の文言に明記すべきであったし,明記していないのであるから,免責されるものではない,とした。


これは,ベンダからすると厳しい解釈であるし,実際に,マルチベンダのプロジェクトの場合,ユーザは,自社以外にも他のベンダに金銭を払うということはよくある。契約交渉の段階で,そういった費用の賠償をすべてシャットダウンすることを契約書に明記するのは同意が得られにくい。これは「責任限定条項の限定解釈」事例だといえる。

まとめ

システム開発,運用・保守契約において,委託料を上限とする,といった責任限定条項は契約交渉上のホットイシューであるが,実際に何か事が起きた場合のリスクの上限については,あまり具体的に議論されることはない。契約書の文言どおりの解釈からすると,上記のとおり支払条件やプロジェクトの進捗によってユーザの保護範囲が変わってくるので,適切なリスク配分をしたドラフティングが必要になる。

(補足)過失相殺との関係

算定したユーザの損害額が200で,賠償限定額が100として,ユーザ側に3割の過失相殺が必要だという場合を考えてみる。この場合,実際にベンダが賠償するのは,200から3割減じた140にキャップをかけた100なのか,キャップが適用された後の100の3割減の70なのだろうか。


この点については,民事訴訟法の「一部請求と過失相殺」という論点が参考になる。最高裁の立場(最判昭48.4.5民集27-3-419)は外側説であり,これとのアナロジーで考えれば,外側(損害の全体)から過失相殺を行い,その残額と責任限定額(一部請求額)との比較をするので,上記の例だと100ということになるだろう。

*1:この例のような損害賠償「額」の限定に加えて,損害の種類による限定も一般的である。例えば,「直接かつ現実に生じた通常の損害に限り」「逸失利益,間接損害,派生的損害・・は含まない。など。損害の種類についてもいくつか考慮事項はあるが,ここでは触れない。

*2:それを正面から言われると,そもそもオープン化の流れは正しかったのかという疑問が生じるところではある。

*3:支払済みの代金返還を求めるのは,解除に伴う原状回復請求(民法545条1項)又は,債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)ということになろう。

*4:別館ブログのメモは,http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20131007/1381072443