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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

著作権帰属に関する契約書の記載方法

システム開発における著作権の帰属に関する話の続きとして,具体的な契約条項をどうするかということについて。


まずは出発点として,平成19年4月に公表された経産省のモデル契約*1から見ていく。ここの45条は,著作権帰属に関する条項案であるが,他の条項と異なり,A案,B案,C案の3案が併記されている。


もっとも,

本モデル契約では、ソフトウェアの再利用を促進するため、原則としてベンダに著作権を帰属させる規定をA案としている。ベンダに著作権を帰属させたとしても、秘密保持義務を課すことで、ユーザのノウハウ流出防止を図ることが可能である。

として,オススメは,A案の「ベンダ帰属」ですよ,としてある。

A案(ベンダ帰属)

A案の表記は,

(納入物の著作権
第45条

納入物に関する著作権著作権法第27条及び第28条の権利を含む。)は、甲又は第三者が従前から保有していた著作物の著作権を除き、乙に帰属するものとする。

となっている(甲がユーザ,乙がベンダ)。なお,前回述べたように,自己利用目的の限度で,複製,翻案ができるとされている(著作権法47条の3*2で定めていることを確認的に定めたものである。)。


これを見ると,かなりベンダ有利に見えるのだが,前回述べたように,ユーザの通常の使用の範囲では,これで大きな問題は生じない。

B案(汎用的なもの等がベンダに留保され,その他はユーザに移転)

B案は,汎用的な利用が可能なプログラム等の著作権をベンダへ,それ以外をユーザに権利を帰属させる案である。

(納入物の著作権
第45条

納入物に関する著作権著作権法第27条及び第28条の権利を含む。以下同じ。)は、乙又は第三者が従前から保有していた著作物の著作権及び汎用的な利用が可能なプログラムの著作権を除き、甲より乙へ当該個別契約に係る委託料が完済されたときに、乙から甲へ移転する。なお、かかる乙から甲への著作権移転の対価は、委託料に含まれるものとする。

ここで注意すべきは,(1)ベンダ側に留保されるのは,(i)従前から保有していた著作物の著作権と,(ii)汎用的に利用が可能なプログラムの著作権であることと,(2)著作権移転のタイミングは,「委託料が完済されたとき」であることである。


このB案は,よくみるケースに近いが,(1)について,留保されるのは,(i)のみで,(ii)が含まれていないことが多い。したがって,B案ならば,ベンダが今回の案件で新たに開発した「汎用的に利用が可能」なものであれば,ベンダに留保されることになる。また,(2)については,よく見るケースは,「委託料完済」で権利が移転するのではなく「引渡し」や「検収」のタイミングであったりする。したがって,ベンダとしては,「引渡し」して,委託料の支払を受けられないまま著作権のみが移転するということが起こり得る。


B案は,一見するとバランスがよく取れているようだが,「従前から保有していた」「汎用的に利用が可能」と,そうでないものとの区別が容易ではなく,後に問題になりやすいという大きな欠点がある。やはり遅くとも引渡しのタイミング(理想的には着手前だが)には,留保されるものと,そうでないものを区別しておきたい。例えば,契約条項としては,次のようなものが考えられる(B2案。太字が変更部分)。

(納入物の著作権
第45条

納入物に関する著作権(略)は、乙又は第三者が従前から保有していた著作物の著作権及び汎用的な利用が可能なプログラムの著作権として乙が納入物の納入時に指定したものを除き、甲より乙へ当該個別契約に係る委託料が完済されたときに、乙から甲へ移転する。(略)


上記の例ではベンダが一方的に「指定」できることにしているが,「・・であると立証したもの」とか,「甲乙によって決定されたもの」などという限定方法も考えられる。ただ,そうなると,協議が整わなかったらどうするのか,という新たな問題も生ずるので大変だ。


また,B案を採用する場合*3においては,ベンダが再委託先(下請)を使うときは注意が必要である。B案で合意したベンダが,下請との契約で,下請会社に権利が留保されるというA案的な旨の合意をしていると,ユーザに正しく権利を移転させられなくなってしまう。現実には,多段階に契約が締結されることから,このように履行不能な矛盾する条項が締結されていることも珍しくない。ユーザとしては,ベンダに対し,再委託先との契約に矛盾が生じないように注意させる必要がある。

C案(汎用的なもの等は留保,その他は共有)

C案は,汎用的な利用が可能なプログラム等の著作権をベンダへ,それ以外をベンダとユーザの共有とする案である。B案よりもさらにベンダ側の立場に立った条項案である。まとめると,ベンダから見て有利な順に,A案>C案>B案だといえる。

(納入物の著作権
第45条
納入物のうち本件業務によって新たに生じたプログラムに関する著作権著作権法第27条及び第28条の権利を含む。)は、汎用的な利用が可能なプログラムの著作権を除き、個別契約において定める時期(略)をもって、甲及び乙の共有(持分均等)とし、いずれの当事者も相手方への支払いの義務を負うことなく、第三者への利用許諾を含め、かかる共有著作権を行使することができるものとする。(略)


著作物を共有するとどういうことになるのか。


著作権法65条は共有著作物に関する規定である。

(共有著作権の行使)
第六十五条  
共同著作物の著作権その他共有に係る著作権(以下この条において「共有著作権」という。)については、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又は質権の目的とすることができない。
2  共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。
3  前二項の場合において、各共有者は、正当な理由がない限り、第一項の同意を拒み、又は前項の合意の成立を妨げることができない。
4(略)

1項は,共有者の同意がなければ,著作権の持分を譲渡したりすることができなくなるという規定である。2項は,「行使」すなわち複製,翻案や,第三者に対する利用許諾についても,共有者の合意が必要だとされている。そうなると,共同著作物の処分・利用は大きく制限されることになるが(共有者同士の仲が良ければ問題ないが・・),3項にてその制限を緩和し,その同意・合意においては正当な理由がない限り同意を拒めないとしている*4


このように,著作権法のデフォルトルールでは,共有著作物にすると,利用の制限が大きくなるが,C案では,それを修正し「いずれの当事者も相手方への支払いの義務を負うことなく、第三者への利用許諾を含め、かかる共有著作権を行使することができる」としている(法的には包括的に65条2項の合意をしているとみられる。)。


したがって,この案は,かなりA案に近いものだといえる。つまりベンダは,自由に再利用できる。制限されるのは,著作権持分を譲渡してしまうことができないという程度である。


なお,かなり細かいことだが,共有するとしても,あくまでプログラムの創作を行うのはベンダであるから,原始的にはベンダに著作権が帰属する。それを,「個別契約において定める時期」に持分半分を移転させることになるので,ユーザは,前回述べたような二重譲渡の危険が生ずることに留意しなければならない。

D案(ジャイアン的なもの)

モデル契約では,AからC案しかないが現実には,B案よりもさらにユーザが有利な条項案も珍しくない。特にベンダに留保されるものに限定なく,すべてユーザに移転するとするものや,対価も支払わない状態で,とにかく「発生と同時に移転する」などという表記を見かけることもある。ジャイアン条項(おまえのものはおれのもの、おれのものもおれのもの)だといえるだろう。ベンダの立場からは,そのような条項案が出されたら要注意である。


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システム開発著作権に関する契約条項としては,著作権法61条2項の推定,著作者人格権不行使条項,独占禁止法関連,権利侵害(保証),移転登録協力義務など,細かい論点があるが,これもまた気が向いたら別の機会に。

*1:正式名称は,情報システム・モデル取引・契約書 (受託開発(一部企画を含む)、保守運用)〈第一版〉 http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/keiyaku/model_keiyakusyo.pdf

*2:なお,モデル契約公表後,著作権法が改正されたので,モデル契約では当時の条文番号「47条の2」となっていることに注意。

*3:C案でも同じことは起こり得る

*4:これに対し,共有特許については,特許法73条で,処分とライセンスには共有者の同意が必要だが,権利者自ら実施することについては単独でできる。