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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

書籍紹介:トンデモ"IT契約"に騙されるな

著者の上山先生のイメージとは異なるキャッチーなタイトルの本の紹介。


トンデモ“IT契約

トンデモ“IT契約"に騙されるな


上山弁護士は,富士通野村総研を経て弁護士になられた方。今では「元SEの弁護士です」というような人も珍しくなくなったが,長期の実務経験もあり,この分野においては著名な先生である。最近では,スルガ銀行vs日本IBM事件のスルガ銀行側の代理人を務めたということでも有名だ(現在控訴審係属中)。


2011年から2012年にかけて,日経BPの「日経コンピュータ」誌にITサービス契約(開発,運用保守など)に関する連載を書かれていたのは読んでいたが,本書は,その連載を再編集したものである。特徴は,開発だけでなく,運用保守契約にも焦点を当てているところにある。


立場はタイトルからも明らかなようにユーザサイドに立ったものであることが鮮明で,対象者は弁護士というよりは現場の情報システム部門のマネジャーだろう。随所に「請負と準委任」「裁判」「無効と取消」などの基本タームを解説したコラムが載っているところからも,法律専門家を対象としたものではないことがわかる。


したがって,法務パーソンが読むと若干物足りなく感じるかもしれない。しかし,ベンダのよくある言い回しに対する対処法を悩んでいる方には,切り返し方が具体的に載っているから参考になるだろう。


細かいところでいえば,72-73頁の民法634条2項の解釈「二種類ある瑕疵担保の損害賠償」が興味深い。瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権には「瑕疵修補に代わる損害賠償請求権」と「瑕疵修補請求とともにする損害賠償請求権」の2種類あるとし,それぞれ行使期間,起算点が違うと説明されている。


著作権を移転させることの重要性が説かれている(80頁以下)。2011年12月に私は「著作権がないと困るのか」というエントリで自己利用の目的のためであれば,無理に著作権の移転を求める必要がないのではないか,ということを書いた。逆に,毎回毎回,スクラッチでの開発を余儀なくされると時間もコストもかかり,ユーザにとっても得ではないとも思える。上山先生は,著作権法47条の3は「必要と認められる限度」でしか複製翻案できないのであるから,著作権が帰属していないとエンハンスができないと説くが,実際どこまでが「必要と認められる限度」に属するのかは判例などもなく,難しい問題だ。


また,何か所かで故意のみならず,重過失の場合にも免責・責任限定する規定は無効だというのが判例・通説だと書かれていて,そのような規定は直させるべきと説くが(例えば74頁,183頁),ここは本当にそうだといえるなら,仮にベンダが重過失の場合も責任限定される条項を押し込んできたとしても,スルーしてしまっても構わないようにも思える(本当に重過失ある場合には,その限りで無効になるから。)。以前,私はITサービス事業者の約款中の重過失免責条項の有効性を争った経験からすると,郵便法違憲判決や,いくつか約款を限定解釈した裁判例があるものの,裁判所は当然に無効になるとは考えていないように思える。


ベンダとの開発,運用保守契約の交渉で,ほとんど言いなりになってしまっていたユーザのシステム部門担当者にとては,本書は心強い味方になるだろう。上級者には,同じ事務所の西本弁護士による下記の本をお勧めしたい。

ユーザを成功に導くシステム開発契約―クラウドを見据えて

ユーザを成功に導くシステム開発契約―クラウドを見据えて


余談だが,この業界は,ユーザ,ベンダそれぞれの立場から話を聞いてみると,お互い強い被害者意識を持っていることがよくわかる。例えばユーザからの相談だと,「もう,ベンダの言いなりですよ。途中で増額請求されて,断ると撤退すると言われるし・・」といった愚痴をよく聞く。他方,ベンダからは「開発なんて奴隷ですよ。ユーザに叱られっぱなしで現場のマネジャーもSEもみんな疲弊してます」という話をよく聞く。この構図は,少なくとも私が業界に入った90年代半ばから変わらない。


ps
先日,橋詰さんの「企業法務マンサバイバル」で私のブログを取り上げていただいたおかげで,一時的にアクセス数が通常の4,5倍に増えました。他のブログと比較すると,質・量ともに寒いので,過分な褒め言葉をいただいて恐縮です。あの日以降,クライアントや同業者から「ブログ書いてたの?」などと聞かれることもあり,改めて企業法務マンサバイバルの影響力の大きさを感じます(紙媒体の雑誌やネットのメディアに書いた時以上の反応かも。)。これからも自由な立場で細々と続けて書いていきます。家族のネタなども交じって,お見苦しいところも多いかと思いますが,こういうスタイルなのでご了承ください。