Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

「『納品』をなくせばうまくいく」倉貫義人

最近読んだ題記の本に関するコメント。



副題に「ソフトウェア業界の”常識”を変えるビジネスモデル」とあるが,そこまで革新的なモデルではない。


従来型のカスタムメイドのシステムは,システムの完成,引渡しを前提とする請負契約のもとで開発されていたところ,その欠点をいくつか指摘した上で,著者の会社は,準委任型(本書の中では「顧問」という表現も用いられている)で開発するというサービスを展開しており,その特徴と利点を説いている。


要はアジャイル型,リーンスタートアップ型で,少しずつ作っては発注者の要望を聞きながら柔軟に成長させるというモデルで,そのためには,発注時に目的物となるシステムが特定できないから,準委任型で開発するというもの。


著者も認めているように,この方法はあらゆるシステム開発の場面に適用できるものではない。「少しずつ作って成長させる」ことが可能なシステムは実は限られている。既存のシステムが存在する場合には,最低限,稼働時に旧システムと同等以上の機能が求められるから,この手法には向かない。ベンチャーなどにおいて新規サービスを立ち上げる際には有効な手法だと思う。


とはいえ,発注者の立場からは,もう一つ重大な懸念がある。請負型で開発を依頼した場合,技術者の技量が悪くて完成しなければ,代金を支払わなくてもよいが,この手法だと,技量が低いほど支払金額が増えてしまうという懸念だ(仕事が遅い社員ほど残業代がかさむというのと似ている。)。本書では,そういった懸念があることも承知の上で,「お試し期間」などを導入したり,エンジニアの採用,育成についても触れている。


こちらの記事だけでも本書のエッセンスはわかる。


ITPro 「納品のないIT受託」という新モデルを広めたい /浅川記者
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Interview/20140131/533807/


パッケージソフトが主流になり,クラウドサービスが台頭してきても,まだまだ大企業を中心に,「わが社は特別」という意識が強く,カスタムメイドシステム信仰が強い。その上,「ベンダにすべてお任せ」というスタンスが抜けきらない企業も多い。裁判所も,それに追随する形で,ベンダは専門家,ユーザは素人という認識のもとに,ベンダが「プロジェクトマネジメント義務」という
重い義務を負うとしている*1。ベンダも人を抱える以上,大型の,手間のかかる長期の案件を好むので,なかなかこの流れは収まらない。


私がシステム開発委託契約書の相談を受けた際も,典型的な請負型の雛形がベンダから提示されたものの,中身をよく聞いてみると,これから相談しながら作ろうということだったので,本書のような準委任型の契約書に置き換えたこともある。


結局,一言でまとめるならば,やろうとしている仕事,求められている仕事から,適切な委託方法と契約形態を選んでいくことが重要なんだよな,と思う。