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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

SOFTIC契約セミナー 債権法改正要綱仮案からみるシステム開発取引へのインパクト

1月30日,SOFTICの契約セミナーにスピーカーとして,また,聴講者として参加した。


今回のお話は,もともと,昨年10月に発売されたLaw & Technology 65号*1に「システム開発契約の新たな課題/システム開発ベンダが負うべきプロジェクトマネジメント義務の内容」というテーマで論文が掲載されて,「同テーマでセミナーをやりませんか」と,声をかけていただいたことがきっかけだ。SOFTICにはこれまでいろいろな形でお世話になっていたが,こうしてセミナーの発表者として関わるのは初めてのことで,かつ,参加者は100名近く,弁護士も多数参加ということで,かつてないほど緊張した。


自分の発表はともかくとして,カップリング(というか,メインテーマ)は,日本総研の大谷和子さんによる「民法(債権関係)改正要綱仮案 システム開発取引へのインパクト」。債権法改正は,弁護士・法律実務家全体の重要テーマだが,少しずつ議論の内容が変わるので,正直なところ詳しく追いきれていなかったが,一人の聴衆として非常に興味深くお話を伺うことができた。


前置きはさておき。


今回の債権法改正がシステム開発取引にも影響を及ぼす見込みだが*2,もっともインパクトがあるのは瑕疵担保責任かと思われる。


瑕疵担保責任」が債務不履行責任に一元化されるというのはよく知られている。では,具体的にどのように影響するか。


現行の民法の下では,請負契約に基づいて開発されたシステムに何か問題があるという場合には,「仕事の完成」と「瑕疵担保責任」は区別して論じられる。「仕事の完成」については,判例法理によって独自の判断基準が形成されつつあり*3,バグがあろうがなかろうが,完成していれば,報酬支払請求権が発生することになる。その上で,瑕疵*4があり,かつ「契約をした目的を達することができないとき」に限ってユーザは契約が解除できるようになっている(635条)。いったん完成と判断されれば,相当重大な不具合がある場合でもない限り,ユーザは契約の解除はできない。


これに対し,要綱仮案では,瑕疵担保責任債務不履行責任に一元化されるので,完成しているか否かということを論じる実益がなくなってくる可能性はある。結局のところ,システムに不具合・欠陥がある場合においては,目的物が契約の趣旨に適合するかどうかということで一元的に判断されていく。


また,ユーザからの請求期間制限についても大きな修正がくわえられた。現行民法では,「目的物を引き渡した時から1年以内」に修補請求又は損害賠償請求をすることになっている(637条1項)。しかし,要綱仮案では,「注文者がその不適合の事実を知った時」から1年とされている(第35−2(3))。つまり起算点が変わったことにより,ベンダとしては,検査合格から1年ではなく,ユーザがシステムを利用している限り修補義務,損害賠償義務が直ちに消滅するものではない。


さらに,現行民法では特に規定がないが,要綱仮案では,上記1年の期間制限について,請負人の故意または重過失があった場合には適用しないとされている。つまり,故意または重過失がある場合には,消滅時効の一般原則に委ねられる。


他にも,現行民法では,634条1項但書で瑕疵が重要ではなく,修補に過分の費用を要する場合には,瑕疵修補責任を負わないとされているが,この規定も削除される見込みだ。


これらを整理すると以下のとおりになるが,瑕疵担保責任に関わる部分では,ベンダの責任が加重される方向への変更だと評価することができる。

. 要綱仮案 現行法
対象 契約の内容に適合しない仕事の目的物 瑕疵
期間 不適合の事実を知った時から1年以内 目的物を引き渡した時から1年以内
請負人の主観 請負人の悪意・重過失には期間制限なし 規定なし
除外事由 削除 軽微かつ過分の費用がかかる瑕疵について義務なし

一方で,ベンダに有利な方向へ作用するとみられる改定もある。建築請負工事を中心に整備されてきた判例法理から,未完成の仕事であっても,可分かつ注文者が利益を受ける部分について,その限度で報酬請求できることとされた(第35−1)。


なお,これらの規定は原則は任意規定なので,契約によって定めることによって現状と同じ条件を維持することもできるだろう。しかし,契約書の雛形の見直しは必要になる。


要綱仮案をベースにした場合,これまで出されたシステム開発に関する裁判例の結論が変わるかどうかというと,そう簡単な話ではない。その点については,また別の機会にて検討してみたい。


(今回のエントリは,大谷和子さんの発表及び配布資料を大いに参考にさせていただいているが,あくまで当エントリの文責は私にある。)

*1:http://www.minjiho.com/shopdetail/000000000732/028/004/Y/page1/recommend/

*2:そういえば,自分もかつて中間試案が出ていた2013年5月ころコメントを書いていたが,あれこそまさに尻切れトンボであった。 http://d.hatena.ne.jp/redips/20130503/1367564155 など。

*3:詳しくは,別館ブログ http://d.hatena.ne.jp/redips+law/ をご参照いただきたい。例えば東京地判平22.1.22 http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20111228/1327155107 など。

*4:バグと瑕疵の関係については,各種の裁判例がある。例えば,東京地判平14.4.22 http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20100110/1327130501 など。