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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

情報ネットワーク法学会第17回研究大会@名古屋大学

昨年の年次大会に続いて,今年も情報システム開発の分科会で主査を務めさせていただいた*1


今年の会場は,名古屋大学。自分は,名古屋大学に学部・修士を含めて6年在籍したけれど,まともに用があって大学に戻ってきたのは21年ぶりということになる。しかも,当時は理系のエリアだったため,文系エリアに来るとはまったく思いも寄らない。当たり前のことだけれど,20年も経てばどんどん新しい建物が建って雰囲気は変わっているし,自分が在籍していたころと比べると,全体的にきれいで立派になっている。これも野依ノーベル賞効果なんだろうか。


今年は,「プロジェクトマネジメント責任とは何なのか」というテーマで,私のほか,牛島綜合法律事務所の影島広泰先生,桃尾松尾難波法律事務所の松尾剛行先生にご登壇いただいた。


2013年のスルガ銀行・日本IBM高裁判決以来,プロジェクト失敗の場合のベンダのリスクが大きいのではないかという指摘がなされるようになり,その後のシステム開発紛争においても,ベンダの責任を追及する際には,ユーザ側は裁判内外を問わず「プロジェクトマネジメント義務違反」を主張することが半ば定跡となっていた。


そのような中で,今年の8月31日に出された旭川医大・NTT東日本札幌高裁判決では,原審判決を覆して,ベンダのプロジェクトマネジメント義務違反はなく,ユーザの協力義務違反があるとしたため,再びこの話題が注目を浴びることとなった。この分科会を企画したのは,札幌高裁判決前だったが,ちょうどいいタイミングとなった。


私からは,プロジェクトマネジメント義務と契約書ドラフティングについて問題提起した。裁判例では,プロジェクトマネジメント義務の内容は契約書によって決まるものではないとするものもあり,現に,契約書とは離れたところで義務が設定されていることから,当事者の予測可能性を害しているという現状がある。そこで,プロジェクトマネジメント義務・ユーザの協力義務を契約書に明示することで,紛争回避,早期解決できるのではないか,書くとしたらどのようにすればよいかといったことを問題提起した。


影島先生からは,プロジェクトマネジメント義務が問題となった近時の裁判例を分析し,ベンダが負うべき義務の範囲として共通するのは説明義務までであって,それを超えた「中止提言義務」(スルガ銀行vs日本IBM事件),「(追加要求)拒絶義務」(第一法規vsCTC事件)が発生するケースでは,契約書上にそれを示唆する文言がある場合や,プロジェクトの特性などが考慮されているのではないかという指摘があった*2


松尾先生からは,システム開発業務における相互の役割分担,責任を踏まえると,仕様の確定段階や,仕様変更段階においては,ユーザの責任(協力義務)がもっと重視されるべきではないかという指摘があった。特に,専門性の格差から義務が生じるとすれば,力が乏しいユーザほど,ベンダの責任が重くなるという結果につながり,怠惰なユーザほど保護されることになって問題ではないか,という指摘があった。


その後の議論の中では,そもそも現状のSIerにすべてお任せ,という取引慣行の問題点やユーザのガバナンスの問題にも発展していったが,そこまでくると弁護士3人が語れる範囲を超えてしまう。


こうしたやり取りを含め,90分の報告,議論,質疑応答はあっという間に終わってしまった。重要なことは,ここでの揮発性のある議論にとどまらず,議論をきちんと記録,蓄積して発展させていかなくてはならないことである。特に,法律家が裁判例を分析したりするのにとどまらず,実務に積極的にフィードバックしていくこと(「べし,べからず集」の取りまとめ等)であろう。


ご登壇いただいた影島先生,松尾先生,そして分科会に出席してくださった方々,情報ネットワーク法学会の運営スタッフのみなさま,貴重な機会をいただき,ありがとうございました。

*1:昨年の様子は http://d.hatena.ne.jp/redips/20161117/1479391786

*2:この点に関して,スルガ銀行vs日本IBM事件の評釈等で誰も触れていない,という指摘があった。