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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

スルガ銀行vs日本IBM事件(1)事案の概要

当ブログの新カテゴリ,「判例詳解」。最初に取り上げる事件は,平成27年7月8日に上告棄却・不受理決定によって確定したスルガ銀行vs日本IBM事件。


このカテゴリでは,当ブログの別館「IT・システム判例メモ」において取り上げた裁判例の中から,特に実務上重要だと思われるものについて,詳細に解説する(だから「紹介」ではなく「詳解」)ことを目的とする。別館の中の1コーナーにすべきかと思ったけれど,最近,当ブログの更新がストップしてしまっているので,とりあえずここで試行的に始めてみる。


最初の事件は,冒頭で述べたように,スルガ銀行vs日本IBM事件。銀行の大規模勘定系システムの開発をめぐる紛争ということで,IT業界,法律業界において注目を集めた事件だったが,平成27年7月8日に最高裁が双方当事者の上告を棄却・上告受理申立てを不受理とする決定をしたため,控訴審である東京高裁平成25年9月26日が確定した。別館ブログにおいても,一審*1控訴審*2ともに紹介してきたが,今回,SOFTICから9月30日に同判決をテーマにするセミナー講師を依頼されたこと*3をきっかけに再度一審から読み返したところ,新たな発見もあったことから,ここで取り上げることにした。


この事件は,スルガ銀行から日本IBMが勘定系システムの開発を委託されたものの,プロジェクトが迷走して完成に至らなかったことから,スルガ銀行が,日本IBMに対し,プロジェクトの失敗によって被った損害(支払済みの代金や逸失利益が含まれる)の約115億円の賠償を求めて提訴したのに対し,日本IBMスルガ銀行に対し,プロジェクトの失敗原因はスルガ銀行にあるとして,約125億円の賠償を求める反訴を提起したという事件である。


一審,控訴審を通じて論点は多岐に渡るため,確定した判決である控訴審の判断を中心に,以下のような構成で順次整理していくこととする。


第1 事案の概要 (本エントリ)
第2 一審の判断
第3 プロジェクトマネジメント義務総論
第4 企画・提案段階におけるプロジェクトマネジメント義務
第5 プロジェクト推進中におけるプロジェクトマネジメント義務
第6 基本合意書・最終合意書の意義
第7 議事録等に基づく事実認定
第8 損害の額と,責任限定条項の解釈
第9 過失相殺と損益相殺


★第1 事案の概要


プロジェクトの開始前

昭和46年に導入された基幹システムの老朽化が進んだスルガ銀行(以下「X」とする。)は,その刷新を図るために,平成12年ころ,30年以上にわたってシステムの管理,運用,保守を行ってきた日本IBM(以下「Y」とする。)に対し,システム構築の提案を依頼した。


Yは,米国FISが権利を保有するソフトウェア部品のCorebankを,次世代金融サービスシステムに採用する方向で検討を開始した。


平成16年3月,Yは,Xに対し,「次世代金融サービスシステムのご紹介」と題する提案書を交付した。Xは,Y以外からも提案を受けて検討したが,Yの提案を高く評価し,同年9月21日,Xの取締役会にてYの提案に基づく基幹系システムを構築することを決めた。


同月29日に,XとYは,基本合意書<1>を取り交わした。同文書には,Yが,95億円(Xの要員費用を含む。)にて新システムの稼働を実現するよう確約する,という旨の記載が含まれていた。

最終合意書締結まで

基本合意書<1>を取り交わした日と同日に,XとYは,計画・要件定義#1に関する個別契約を締結した(準委任,業務委託料約7億2000万円。期間は平成16年12月まで)。これにより,正式にプロジェクトが開始された。


このフェーズでは,開発対象のシステムや開発スケジュールの明確化,開発方法の検討などが行われた。


平成16年12月29日には,基本合意書<1>の内容を修正した基本合意書<2>が取り交わされた。同日,XとYは,計画・要件定義#2を対象とした契約を締結した(35億円,期間は平成17年9月まで)。


このフェーズでは,Corebankと新システムの差異分析(Fit & Gap)等が行われたが,基本的な方針は,パッケージに業務を合わせるのではなく,パッケージに適合しない業務については,別個のプログラムを開発するという「カスタマイズ・ベース・アプローチ」が採用された。


平成17年5月末には,最終合意を締結する予定だったが,作業が遅れ,結局,同年9月30日に最終合意が締結されることとなった。


最終合意書には,XからYへの支払総額が89億7080万円とすること,サービスイン(稼働)時期を平成20年1月4日とすることなどが記載されていたものの,第8条(本合意書の性質)には,次のように,法的拘束力を否定する文言があった。

各個別契約(第1条記載の個別将来契約を含むがこれらに限定されない。)が締結され、各関連個別契約の中で両当事者の各局面における義務が規定されるまでは、いずれの当事者も本合意書に基づく何らの法的義務を負わないものとする。

最終合意書締結後

最終合意の締結後は,スムーズにプロジェクトが進捗せず,YからXに対し,平成17年12月には,開発方法を,カスタマイズ・ベース・アプローチから,パッケージ・ベース・アプローチへと変更するような提案も行われた。


その後,仕切り直しが行われ,平成18年3月には,BRDと称する新たな要件定義作業が再度開始されたものの,再度うまくいかず,同年6月には,新たな体制で新BRDが再度開始された。


その間,Yは,Xに対し,平成20年1月とされていたサービスイン時期を4か月延期する提案をしたりするなどの折衝が繰り返され,平成18年11月には,平成20年12月の全面稼働という方向で合意された。


しかし,Yは,さらに追加の費用34億円の支払いを提案したり,稼働時期をさらに5段階に延期する提案をしたり,Corebankではなく,別のパッケージ(TCB)を提案したりするなど,さまざまな交渉が試みられたが,合意点が見いだされず,平成19年7月にXはYに対し,最終合意や個別契約を解除する旨の通知が行われた。


その後,平成20年7月に,XがYに対し,本訴を提起した。

(つづく)