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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

シンポジウム・平成30年著作権法改正「柔軟な権利制限規定」の意義と今後の課題

8月28日,題記のシンポジウムに行った。


周知のとおり,平成30年著作権法改正法が成立し,多数の権利制限規定が改正されたが,注目されているのは,「柔軟な権利制限規定」と呼ばれる規定だ。これまで何度か,「日本版フェアユース」の導入が試みられ,そのたびに落胆の声が上がったが,今回はこれまでとは違うという期待がもたれている(もちろん,まだ批判の声もある。)。


シンポでは,基調講演で中山信弘先生のほか,上野達弘先生,島並良先生らのショート講演があったので期待して参加した。上野先生,島並先生は,10分程度の講演なので,普段の倍速でお話しされるので,一般人の4倍くらいの情報量が流れてくる(笑。


以下,個別の講演の内容を紹介するのではなく,改正法に関する説明,議論を踏まえて印象に残ったこと,感じたことをいくつか。


やはり今回の改正で最大の注目は30条の4だろう。これが柔軟な権利制限と言われるゆえんは,見出しが「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」とあり(柱書にも同様の文言あり),かなり広範であることで,さらに,1号から3号は,「次に掲げる場合その他の」とあるようにあくまで例示列挙であって,利用態様を制限していないところにある。これまでの個別的権利制限規定のように,コンピュータによる計算処理以外に限定されているわけでもない。


権利制限の要件でもある「享受」という文言が登場したことで,今後の論点になることは間違いないが,この点に関し,文化庁の中岡次長は,文科委員会で,

著作物に表現された思想又は感情の享受に当たるか否かは、著作物等の視聴等を通じまして、視聴者等の知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であるか否かという観点から判断されるもの

と述べている。


粗っぽく言えば,著作物を本来の著作物として視聴等するような行為かどうか,という基準で判断するようだが,これは,島並先生も指摘されていたが,商標法における「商標的使用」の議論と関連してきそうではある。


今回は,権利制限規定の改正であったが,このように,著作物の本来的な利用とは言えない行為には権利が及ばないと考えるとするならば,支分権(複製,公衆送信等)の定義をいじって,支分権の角を削るという方法もあり得たのではないか。諸外国との整合性や,権利者との調整などを考えると,現実的には困難だと思うが。


まだまだ読みにくい条文だとはいえ,平成21年改正以降に追加された難解条文シリーズからはだいぶシンプル化・構造化されてきたように思う。その結果,曖昧さが生じてくるのだが,これについて「ガイドラインを設けてほしい」という要望も強いという。


もし,これが日本版フェアユースの導入を求めた利用者側が,「曖昧な規定では委縮してしまうからガイドラインを設けよ」と主張しているのだとしたら,本末転倒でしかない。


よく言われるように,柔軟な権利制限規定を設けるということは,事前規制型から事後規制型,司法判断重視へという流れに舵を切ることを意味するので,せっかく作り上げた「柔軟な権利制限規定」に詳細なガイドラインを設けて行政による事前コントロールという流れにしてしまうことは避けたいところである。