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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

中小企業買収の法務

柴田堅太郎先生の単著「中小企業買収の法務」のレビュー


中小企業買収の法務

中小企業買収の法務

すでにTwitter・ブログで多くの人が本書について感想を述べているので*1,かなり出遅れた感があるが,少しだけ。


本書で取り扱っているのは「事業承継型M&A」「ベンチャー企業M&A」。M&Aを中心に取り扱うローヤーと比べると,私が取り扱った件数は,おそらくその10分の1にも満たないのだろうけれど,ここで挙げられている問題点は,ほぼみな「あるある」とうなずきながら読めるものばかりだった。それだけ,高頻度で遭遇する実務上の問題点が多数取り扱われていたということを示している。


本書を読んで印象的だったのは,問題点の紹介に続く「解決策」の中で「これは答えのない難しい問題であるが」というフレーズが多く見られたことである。やっぱり実務家としては,正解があるのならば知りたいし,仮に正解がないとしても,多くの弁護士が採っている対応策は知っておきたいし,最低限,悩ましい問題なのか,そうでないのかくらいは知っておきたい。トップランナーである柴田先生が「答えのない」「悩ましい」と書いてくれていることで,救われた。


むしろ私は大規模M&Aのほとんど経験がなく*2,今後もほとんど携わることがないだろうと思われるので,大手事務所の先生方が書かれるような重厚長大な実務書以上に,本書は今後のバイブルとなりそうだ。


また,タイトルには「法務」とあるが,これは法務DDの報告書を読む事業サイドの方々にもお勧めしておきたい。法務DDの重要性とその内容の理解度が高まること間違いない。


多くのレビューでも「類書がない」ということが挙げられていたが,これだけ法律実務書飽和時代において,類書がない,という評価を受けることは最高の誉れだと思う。ややもすると,記述が物足りない,誰でも書けるなどという評価を受けてしまう危険もあるが,これまでなかった書籍を世に送り出すということは(そしてそれが一定の評価を受けるということは),著者に優れたマーケティングセンスと着眼点があることを意味する*3。ましてそれが大手事務所が束になって書いたものではないというのは痛快ではないか。


柴田先生には,案件のことや,事務所経営の話など,雑多なことでも随分と相談に乗っていただいており,私にとって貴重な先輩である。周りの共著者のプレッシャーもない状態で,事務所経営と日々の業務をこなしながらの単著となると,その苦労は相当なものだっただろう。



ps
今日,たまたま電車の中で,若手弁護士あるいは法務担当と思われる人が雑談していたが,「デューデリ報告書には『偽装請負の可能性がある』って書いとけばだいたい当てはまるから項目は一つ埋まる」などという声がイヤホンしてる耳の中に飛び込んできた。本書のコラム108頁を読ませてやりたかった。

*1:企業法務マンサバイバル http://blog.livedoor.jp/businesslaw/archives/52526399.html,dtkブログ http://dtk.doorblog.jp/archives/52457738.html など。

*2:過去に取り扱った案件はせいぜい10億円規模のディールである。

*3:私が印象に残っている「類書がない」本としては,雨宮=片岡=橋詰「利用規約」本がある。