Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

情報ネットワーク法学会「システム開発」分科会

11月12日,明治大学中野キャンパスで開催された情報ネットワーク法学会の第1分科会,「システム開発」をテーマに登壇した。


理事の吉井先生からこのお話をいただいてから,パネラーのお声がけをした。極めて実務的な問題であることから,弁護士だけではつまらないということで,過去に講演をご一緒させていただいたことなどの縁があり,このテーマには欠かせない大谷和子さん日本総研)に声をかけた。続いて,ユーザ側として訴訟を経験したりするなど,この問題についての発言に接する機会が多い野々垣典男さんJTB情報システム)。あと1名は,面識はなかったものの,スルガ銀行vs日本IBM事件のIBM側の代理人としてご活躍された影島広泰先生にはぜひ一度お話を聞いてみたかったので,思い切って声をかけてみたところ,お請けいただけた。


申し分のないメンバーが揃ったところで,次はテーマ。開催日の1か月ほど前に事前打ち合わせをしたところ,様々な論点,実務上の問題点が挙げられ,それだけであっという間に時間が過ぎた。これで,パネルディスカッションの途中で話題が尽きる心配はなくなった。同学会では,プロバイダ責任法や,個人情報・プライバシー,情報セキュリティなどのトピックが多く,システム開発法務の議論がそれほど活発ではないと思われたため,あまりにマニアックな論点は避け,割と広めにトピックを選定することとした。


そして当日。まず,私から,システム開発紛争の現状をざっとおさらいし,この分野では,[1]ベンダ・ユーザが負うべき実体法上の義務内容がはっきりしていない,[2]開発プロセスや業界慣習に即した契約実務が確立されていない,[3]紛争は不可避だが,それを効率的に解決する仕組みが整っていない,といった大枠の問題提起をした(下図はスライドの一部)。



続いて,野々垣さんから,ベンダ・ユーザの義務内容として,近時,実務的に注目されているベンダのプロジェクトマネジメント義務と,ユーザの協力義務について,判例を紹介しつつ概説された。ベンダはシステムを完成させる義務があり,それを阻害しないよう,円滑に進行するためのユーザの協力義務があるという前提だったところ,近時は,ベンダのプロジェクトマネジメント義務ありきになり,その時的範囲の拡大(契約前の義務),内容の深化(中止低減義務等)など,拡大解釈の傾向にあるのではないかという懸念が示された。


大谷さんからは,この実務をやっていて知らぬ者はいない「経済産業省のモデル契約」の公表から約10年経ったことを受けて,その功罪,メリット・デメリットなどが紹介された。確かに,工程,作業内容に応じた契約種別の選択(請負・準委任の区別)や,多段階契約の導入など,実態に即した契約実務が定着したというメリットがある一方で,単純な請負vs準委任,多段階vs一括契約といった本質的ではない形式的な対立を産んでしまったというデメリットが指摘された。


前半のプレゼンパートのトリは影島先生。上記の問題提起を受けて,裁判所は請負=ベンダ不利,準委任=ユーザ不利といった単純な構造で判断しない,と喝破。さらには,近時の裁判官の研究を紹介しつつ,仕様が徐々に具体化,確定していくという実務の下では,契約成立段階での債務の特定と,完成判断・瑕疵判断における債務の内容は別問題であると指摘。多段階契約にまつわる「ユーザの支払額が青天井になる」という指摘についても誤解であるとするなど,表面的な議論に基づいて実務が動くことに対して警鐘が鳴らされた。


この3つのショートプレゼンは,どれも説明が丁寧でわかりやすくて面白いだけに,私は聴衆として満足したが,後半はモデレータとしてパネルディスカッションを仕切らなければならない。


私からは,パネラーに対し,

仕様が徐々に具体化していくという実務の下では,ベンダは適時に「当初の予算を超過している」という注意喚起をしたり,撤回・中止を求めたりするということが果たして現実的なのだろうか。

プロジェクトマネジメント義務や協力義務は,紛争になってから初めて主張されるが,あらかじめ契約書に具体的に書くことで債務内容が特定・限定されるだろうか。また,どのように書けばよいか。

などの,答えが出にくい,逆に答えがあればぜひ知りたい質問を投げかけたりして,活発な議論が行われた。あっという間に90分が過ぎた。


情報ネットワーク法学会の本家本流のテーマではなかっただけに,出席者にどれほど満足を与えられたかは不安があったが,終了後,多くの方にご好評いただいた。それはひとえにパネラーとして登壇していただいた方々の深い経験,知識と,わかりやすい話しぶりによるものであって,このような機会をいただけたことには理事,学会事務局に大変感謝している。


今回は初回だったので,総花的な話になりがちだったのだけれど,これからは個別発表などを通じて,もう少し個別の論点を掘り下げていければと思う。