Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

不正対局問題

私が将棋に関心を持ってから8年くらい経つが,かつてないほど将棋界が揺れている。


竜王戦の挑戦権を獲得した三浦九段が,対局中にスマホを操作するなどして将棋ソフトを利用したという不正の疑いがかけられ,挑戦権を喪った。


竜王戦は,将棋界の7大タイトルの中でも名人戦と並ぶ最高峰のタイトル。挑戦権を得た三浦九段はA級棋士で,まぎれもないトップ棋士の一人。まさかそんなトップ棋士が不正をするわけがない・・と,将棋ファンに衝撃が走った。


本日,ようやく但木元検事総長を委員長とする第三者委員会が発足して本格的に調査を開始することが公表された段階であり,本当に三浦九段が不正を働いたかどうかは明らかではない。そもそも,調査にも限界があるだろうし,私は,三浦九段が不正を働いていたかどうかにはあまり関心がない(不正をしていたのだとすれば残念だが)。


何より,この一連の騒動における連盟の対応が残念だと感じている。


A級順位戦の敗戦直後に,対局相手だった三浦九段がソフト指しをしているのではないかという疑惑を指摘された渡辺竜王が,理事たちに申告したこと自体は特に問題だとは思わない。不正の疑惑があり,その張本人とタイトルを賭けて闘わなければならない状況にあれば,「何とかならないか」と言いたくなるのもわかる。


しかし,そこから連盟の対応は迷走する。


三浦九段が休場届を期限までに出さなかった(しかも設定された期限はわずか24時間後!)という意味不明な理由で,年内を出場停止にし,竜王戦の挑戦者は,挑戦者決定三番勝負の敗者,丸山九段に交代することになった。本当に不正をしているという確信があるのならば,不正行為を理由に処分するべきであるし,不正行為があったのならば,年内出場停止などという温い処分になるはずがない。これでは,まるで疑いをかけられたことを以って処罰する嫌疑刑*1と同じである。


週刊文春によれば,竜王戦の開幕が目前に迫っていて,スポンサーに迷惑をかけられないから迅速に対応せざるをえなかったという事情が窺えるが,誰を向いて行動しているのか疑問を感じる。いい加減な対応をしてスポンサーやファンが離れてしまえば,竜王戦だけでなく将棋界自体の存続が危ぶまれるはず。今年の竜王戦の開幕局を死守することがなんていうのは,これだけの問題の前ではトッププライオリティではなかったはずだ。


まもなく翌年度の竜王戦の予選が始まったりするとはいえ,竜王戦七番勝負の開幕はしばらく延期することができなかったのか。本格的に調査をして,不正の有無を明らかにするのには(少なくとも納得いくだけの情報を収集するには)それほど時間がかからないはずだ。延期するとなれば,ファンへの説明が必要だし,ストレートに「三浦九段に不正の疑いがあるため」と説明しては紛糾してしまうことも予想される。だったら,「竜王戦挑戦者を決定する過程において不正があったとの申立てがあったため,現在調査中」という発表でもよかったのではないか。


連盟は,挑戦者を出場停止処分にした上で,竜王戦七番勝負をスタートさせ,その後,「調査をしない」という方針を出して手じまいにしようとした。ところが,その方針を翻して第三者委員会を発足させて調査するという「手順前後」をしてしまった。確かに,「待った」をしてでもきちんと調査すべきだから,第三者委員会を発足させたことは評価できる。しかし,調査の範囲は,「出場停止処分の妥当性、三浦九段の対局中の行動」とされていることから*2,処分の適法性や不正の有無に及ぶ。そうなると,結果如何によっては,「あれ?なぜ丸山九段が指しているのだ?」ということになりかねない。だったら,今すぐにでも竜王戦七番勝負を中断すべきではないのか(本日は第2局の初日)。もちろん,関係者に迷惑がかかることは避けられない。しかし,将棋界全体の信用にかかわる事項だけに,特定の年のタイトル戦を延期することは許されるのではないか。対局を解説したり,検討したりするプロたちはその点に疑問を感じないのだろうか。


21日には棋士に対する説明会が開かれたようだが,時間切れで十分な討議もできず,棋士たち全員が納得したり,意思統一が図られたようには思えない*3。また,現役棋士たちが本件について何を考えているのか,あまり伝わってこない。上記説明会では,SNSでの情報開示の自粛が求められたようだが,多くの棋士ツイッターアカウントを有しながら,本件については口を噤んでいる。私が知る限り,西尾明,渡辺正和上野裕和先生らは積極的に発言しているが・・*4 ファンは,沈黙,それ自体がメッセージであると受け取る*5


今回,三浦九段に疑惑がかけられた理由の一つが,ソフトの指し手との一致率だといわれている。しかし,本日の西尾先生のツイートによれば,同じソフトであっても,設定する条件等次第によってソフトの指し手には「ゆらぎ」があることがわかっている*6。つまり,三浦九段がどんなソフトを使っているのかが分かったとしても,指し手の一致率を算定して,それを以って不正の材料とすることには疑問がある。


少なくとも現時点では,直接証拠(三浦九段の自白,あるいは,記録係などの第三者による目撃証言)はなさそうだ。重要な間接証拠(例えば,離席したタイミングでの三浦九段の通信履歴)などもなさそうだ。刑事手続ではないのだから「疑わしきは罰せず」の法理は妥当しないのだ,という意見もあるようだが,本人の名誉,あるいは棋士人生がかかった処分をする際には,慎重な判断が求められることは間違いない。スマホからPCを遠隔操作するアプリの存在を後輩棋士に確認した,とか,頻繁に離席していた,というだけで不正行為を認定することはできないだろう。


3月のライオンがアニメ・映画化され,まもなく聖の青春が上映される。60年以上ぶりに最年少棋士が誕生するという明るいニュースが続いていた将棋界。かつてないほどのブームが来るはずだっただけに,今回の疑惑とそれに対する対応は残念としか言いようがない。


但木委員会には期待している。餅は餅屋。専門家が不正疑惑の調査をすることで事案の究明と適切な事後処理を期待したい。

*1:有罪の証明がなくとも,嫌疑をかけられたことを理由に課される処罰。現代社会においては,およそあり得ない。

*2:http://www.shogi.or.jp/news/2016/10/post_1456.html

*3:例えば,田丸九段のブログ http://tamarunoboru.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/45-293b.html では,「説明会では、三浦九段を批判する声と同情的な声に分かれましたが、私の実感では後者のほうが多かったと思います。」と述べられている

*4:このエントリを書いてほどなくして渡辺正和棋士ツイッターアカウントが消えるという「事件」があった。かなり過激な発言をしていたとはいえ。

*5:10/28 追記 片上理事のブログによれば,「軽々しく何かを書いて良いような事柄ではない」とする。http://blog.goo.ne.jp/shogi-daichan/e/8c83f6be315cd8962d9fa75b683dece6 その気持ちはわかるのだけれど,棋士全体が優等生過ぎる印象はぬぐい去れない。

*6:https://twitter.com/nishio1979/status/791490919509872640 ほか