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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

プロジェクトマネジメント義務を考える(1)

システム開発紛争における近時のキーワードは,「プロジェクトマネジメント義務」である。


訴訟を初めてとして,システム開発に関する紛争案件を日々,多く担当しているが,「(ベンダは)プロジェクトマネジメント義務を履行していない」といったユーザの主張をよく見る。もちろん,自分がユーザを代理する場合でも,そういった主張をすることがある。


システム開発に関して弁護士や法務担当者が「プロジェクトマネジメント」(以下「PM」)という言葉を使うようになったのは最近のことだが,システム開発の現場では,かなり昔から普通に使われていた。これが,PMをしっかり果たさないと,法律上の責任が生じる場合があるということで,法務の世界においても注目されるようになってくると同時に,現場への重みも増すこととなった。


しかし,PM義務の内容は,まったく確立した考え方があるわけではない。ケースによって,違反を主張する側の当事者によって,その内容が異なる。


例えば,「プロジェクトマネージメント義務」という用語が最初に判決文に登場したとされる東京地判平16.3.10判タ1211-129では,

Yは、納入期限までに本件電算システムを完成させるように、本件電算システム開発契約の契約書及び本件電算システム提案書において提示した開発手順や開発手法、作業工程等に従って開発作業を進めるとともに、常に進捗状況を管理し、開発作業を阻害する要因の発見に努め、これに適切に対処すべき義務を負うものと解すべきである。そして、システム開発は注文者と打合せを重ねて、その意向を踏まえながら行うものであるから、Yは、注文者であるXのシステム開発へのかかわりについても、適切に管理し、システム開発について専門的知識を有しないXによって開発作業を阻害する行為がされることのないようXに働きかける義務(以下、これらの義務を「プロジェクトマネージメント義務」という。)を負っていた

とされ,その具体的内容として

Xのシステム開発へのかかわりについての管理に関して、より具体的に説明すれば、Yは、Xにおける意思決定が必要な事項や、Xにおいて解決すべき必要のある懸案事項等について、具体的に課題及び期限を示し、決定等が行われない場合に生ずる支障、複数の選択肢から一つを選択すべき場合には、それらの利害得失等を示した上で、必要な時期までにXがこれを決定ないし解決することができるように導くべき義務を負い、また、Xがシステム機能の追加や変更の要求等をした場合で、当該要求が委託料や納入期限、他の機能の内容等に影響を及ぼすものであった場合等に、Xに対し適時その旨説明して、要求の撤回や追加の委託料の負担、納入期限の延期等を求めるなどすべき義務を負っていた

と述べている。もちろん,民法その他の法律上で定められた義務でもなく,契約当事者間で明確に合意された形跡もない。


そして,PM義務が注目されたのは,スルガ銀行vs日本IBM事件控訴審判決(東京高判平25.9.26)である。

IBMは,前記各契約に基づき,本件システム開発を担うベンダとして,スルガに対し,本件システム開発過程において,適宜得られた情報を集約・分析して,ベンダとして通常求められる専門的知見を用いてシステム構築を進め,ユーザーであるスルガに必要な説明を行い,その了解を得ながら,適宜必要とされる修正,調整等を行いつつ,本件システム完成に向けた作業を行うこと(プロジェクト・マネジメント)を適切に行うべき義務を負うものというべきである。

「プロジェクトマネージメント義務」とダイレクトに書いていた前掲平成16年判決と異なり,「『プロジェクト・マネジメント』を適切に行うべき義務」という表現になっている。


具体的な義務内容はいろいろ書かれているが一部を引用する。

IBMは,スルガと本件最終合意を締結し,本件システム開発を推進する方針を選択する以上,スルガに対し,ベンダとしての知識・経験,本件システムに関する状況の分析等に基づき,開発費用,開発スコープ及び開発期間のいずれか,あるいはその全部を抜本的に見直す必要があることについて説明し,適切な見直しを行わなければ,本件システム開発を進めることができないこと,その結果,従来の投入費用,更には今後の費用が無駄になることがあることを具体的に説明し,ユーザーであるスルガの適切な判断を促す義務があったというべきである。また,本件最終合意は,前記のような局面において締結されたものであるから,IBMは,ベンダとして,この段階以降の本件システム開発の推進を図り,開発進行上の危機を回避するための適時適切な説明と提言をし,仮に回避し得ない場合には本件システム開発の中止をも提言する義務があったというべきである。

特に最後の「中止をも提言する義務」という表現が衝撃的だったため,ベンダにそこまでの義務を負わせてよいものか,という議論も生じた。この事案でも,上記のような義務が明示的な合意に基づいて生じたものではなかったし,そもそもなぜそのような義務が生じるのか,ということについては明らかになっていない。


その後も,「PM義務」という用語を用いていなくても,

システムの開発過程においては、ユーザ側から、本来ベンダが開発義務を負うものではない項目について開発(カスタマイズ)が要望されることはしばしばみられる事態である。そうすると、システム開発の専門業者であるYとしては、納期までに本件システムが完成するよう、Xからの開発要望に対しても、自らの処理能力や予定された開発期間を勘案して、これを受け入れて開発するのか、代替案を示したり運用の変更を提案するなどしてXに開発要望を取り下げさせるなどの適切な対応を採って、開発の遅滞を招かないようにすべきであった

旭川地判平28.3.29

Yは,自らが有する専門的知識と経験に基づき,本件システム開発に係る契約の付随義務として,(略)本件プロジェクトのような,パッケージソフトを使用したERPシステム構築プロジェクトを遂行しそれを成功させる過程においてあり得る隘路やその突破方法に関する情報及びノウハウを有すべき者として,常に本件プロジェクト全体の進捗状況を把握し,開発作業を阻害する要因の発見に努め,これに適切に対処すべき義務を負うものと解すべきである。そして,システム開発は開発業者と注文者とが協働して打合せを重ね注文者の意向を踏まえながら進めるべきものであるから,Yは,注文者であるXの本件システム開発へのかかわりなどについても,適切に配意し,パッケージソフトを使用したERPシステム構築プロジェクトについては初めての経験であって専門的知識を有しないXにおいて開発作業を阻害する要因が発生していることが窺われる場合には,そのような事態が本格化しないように予防し,本格化してしまった場合にはその対応策を積極的に提示する義務を負っていた

東京地判平28.4.28


など,類似の内容の義務をベンダに負わせる判断が続いている。いずれの事例においても,契約書にそのような義務が書かれていた形跡はない。


これらの裁判例をベンダの立場からみれば,結果的にシステムの開発が失敗した場合において,「ベンダとして十分な対応ができなかったこと」を取り上げて,そのような義務を契約上負っていたことにされ,その義務が履行されていないと主張され,結果的に債務不履行あるいは不法行為上の責任を負わされるというのでは,余りにも予測可能性を欠くことになってしまうという懸念を抱くことになろう。何より,プロジェクト実施中は,義務の内容がはっきりしていないから,「これをやって,記録を残しておけば大丈夫」という行為規範が存在しないことになる。


一方で,ユーザの立場で見てみても,ベンダが負うべき義務を措定しても,そのような義務を負っていたわけではないと一蹴されるリスクがある。


義務の内容が不確定で,予測可能性が低いとなれば,訴訟の長期化を招くことにもなって,どちらにとってもいいことはない。


そこで,PM義務に関しては,


(1)そもそも,PM義務という法律上も契約上も明らかでない概念を使う必要があるのか。(善管注意義務とか,単なる履行遅滞,帰責性などの議論で足りないのか)
(2)PM義務はベンダが負うものなのか。共同プロジェクトであれば,双方が等しく(あるいは分担して)負っているのではないか。現在のような「ベンダのPM義務」という考え方は実務の実態に合っているのか。
(3)契約上,義務内容を明確にすることで,予測可能性を高められるか。契約書に書くとしたらどういうことを書くべきか。
(4)マルチベンダプロジェクトにおけるPM義務は誰が負うことになるのか。
(5)ユーザがPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)をコンサル会社などの外部に委託した場合,ユーザ・ベンダ・コンサル三者の義務の範囲はどうなるのか。
(6)ベンダがPMOを開発業務とは別の契約で受託していた場合,義務は加重されるのか。
(7)開発方法論(ウォーターフォールアジャイル等)や,システム構成(カスタムメイド,パッケージ等)によってPM義務の内容は変わるか。
(8)ユーザの力量(企業規模,システム部門の有無,システム開発経験の有無)によってPM義務の内容は変わるか。
(9)多重請負構造となっている場合,プライムのベンダと,サブコンとなったベンダの間では,PM責任はどのように分配されるのか。
(10)ユーザが負うとされる協力義務とベンダのPM義務とでは何がどう違うのか。
(11)PM義務あるいは協力義務は,契約上の付随義務だとされることが多いが,これを怠った場合に解除原因となるか。
(12)義務履行あるいは義務違反を立証するのにどんな証拠があればよいのか。


などの多数の疑問が湧く。


こうした疑問についてツラツラと考えてきたことをブログでまとめていこうというのが,このシリーズの主題である(最後までたどり着くかどうか)。