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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

ファーストサーバ事件での賠償請求の範囲

先日のエントリに続いて,賠償問題がいろいろと話題に挙がっているので,思考訓練を兼ねて検討してみた。


http://d.hatena.ne.jp/redips/20120624/1340468903

前回のエントリでは,なかなか賠償は難しいということを書いたが,その後,同社は,約款に基づいて「お客様にサービスの対価としてお支払いただいた総額を限度額として」賠償すると表明しているが,とりあえず,この点は措くとして,今の約款からどんなことが言えるか考えてみる。

約款文言の確認

まず,前回のエントリでも述べたように,同社約款では,

16条
1項
契約者は,本サービスが本質的に情報の喪失,改変,破壊等の危険が内在するインターネット通信網を介したサービスであることを理解した上で,サーバ上において・・保管記録等する・・データ・・の全てを自らの責任において・・保管管理・・するものとします。
(2項略)
3項
契約者が契約者保有データをバックアップしなかったことによって被った損害について,当社は損害賠償責任を含む何らの責任を負わないものとします。

となっていて,さらには,

35条4項
当社は,・・システムの不具合によるデータの破損・紛失に関して一切の責任を負いません。

となっているので,原則としてデータ紛失,消滅については免責されるとしている。ただし,

35条8項
本条第2項から第6項の規定(注:すなわち上記の免責)は,当社に故意または重過失が存する場合・・には適用しません。

とあるので,今回の事故が,事業者の重過失によって惹き起こされた場合には免責とはならず,そうでなければ免責される,ということになる(消費者契約の点は措く。)。


もっとも,続く損害賠償規定では,

36条
当社が損害賠償義務を負う場合,契約者が当社に本サービスの対価として支払った総額を限度額として賠償責任を負うものとします。

となっているので,やはり重過失として責任を負う場合でも,「本サービスの対価として支払った総額」が上限額となると解釈するのが自然だ。

問題の所在

そうすると,次のような論点が考えられる。

【今回の事故は重過失によるものか?】
これは事実の評価の問題だが,そもそも,重過失でなければ,賠償の道はほぼ閉ざされる。

【重過失の場合でも責任限定される36条は無効とすべき(または限定解釈すべき)か?】
重過失の場合の免責・減責を認めない法律もあることに照らすと,このような約款は有効とすべきでないという考えがある。

【損害の額はいくらか】
仮に賠償が認められるとしても,例えばデータ消滅した場合,そのデータの金銭的価値はどうするかが問題となる。

【ユーザ側の責任を考慮すべきか】
いわゆる過失相殺の適用により減額されるのではないかも問題となる。


以下,それぞれについてもう少し詳しく見ていく。

重過失か

重過失の定義は,一般に,最判昭和32年7月9日によれば,

通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも,わずかの注意さえすれば,たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに,漫然これを見すごしたような,ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態

と言われる。「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」というのは,なかなか立証が難しく,そう簡単に認められるものではない。しかし,ジェイコム株誤発注事件(東京地判平成21年12月4日)では,免責規定について,重過失を除く過失責任を免除するものだという解釈を前提に,取消注文の検索ロジックの誤り(バグ)そのものを重過失とはせず,

有価証券市場の運営を現に担っていた被告の従業員としては,その株数の大きさや約定状況を認識し,それらが市場に及ぼす影響の重大さを容易に予見することができたはずであるのに,この点についての実質的かつ具体的な検討を欠き,これを漫然と看過するという著しい注意欠如の状態にあって売買停止措置を取ることを怠ったのであるから,被告には人的な対応面を含めた全体としての市場システムの提供について,注意義務違反があったものであり,このような欠如の状態には,もとより故意があったというものではないが,これにほとんど近いものといわざるを得ないものである。

と,原告のみずほ証券から,注文が取り消せない,という連絡があったにもかかわらず,売買停止措置を取らなかったという人的な側面について重過失を認めた*1


本件事故では,同社の発表資料によれば,

  • 原因(1) 更新プログラムの不具合
  • 原因(2) 運用手順の不備
  • 原因(3) バックアップ仕様の不備

が重なり合って発生したこととなっている。上記ジェイコム株誤発注事件に照らせば,原因(1)と原因(3)は重過失とまではいえないとしても,原因(2)の人的部分について重過失と認められる可能性はある。

責任限定条項の有効性

例えば,海上物品運送に関する商法739条では,

船舶所有者ハ特約ヲ為シタルトキト雖モ自己ノ過失、船員其他ノ使用人ノ悪意若クハ重大ナル過失又ハ船舶カ航海ニ堪ヘサルニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ヲ免ルルコトヲ得ス

としていて,重過失による免責を禁止している。同種の規定は,国際海上物品運送法13条の2,鉄道営業法11条の2第3項などがある。さらには,同列に論じることはできないものの,最大判平成14年9月11日のいわゆる郵便法違憲判決でも,

書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に,不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものであるといわざるを得ず,同条に違反し,無効であるというべきである。

と述べて,郵便法の責任限定条項を違憲だとした。これらに照らして,約款36条は公序良俗に反して(重過失の場合にも責任限定されるという限度において)無効だという主張が考えられなくはない。


しかし,そもそも私人間の契約は契約自由の原則があり,重過失免責・減責についても当事者が合意したのであれば尊重される。消費者契約法8条や,上記の規定など,一定の強行法規が存在する場合に限って制限されるのであって,そのような制限規定がない限りは,有効だという立論も考えられる。このあたりは,今回の事故はさておき,何らかの業法による規制も必要だという議論が今後生じるだろう(例えば,倉庫業法運送業法では,約款の届出義務なども定められていて,一定の行政的規制に服する。)。


また,ホテルのフロントに預けた貴重品が紛失したという最判平成15年2月28日判決では,

ホテル側に故意又は重大な過失がある場合に,本件特則により,被上告人の損害賠償義務の範囲が制限されるとすることは,著しく衡平を害するものであって,当事者の通常の意思に合致しないというべきである。したがって,本件特則は,ホテル側に故意又は重大な過失がある場合には適用されないと解するのが相当である。

と述べて,15万円を賠償上限とする約款の適用を否定した。約款を無効にしたというよりは,限定解釈したものと考えられるが,本件においても,36条についてそのような主張ができる余地はある。

損害の額

例えば,ECサイトが何日間停止した,とか,外部に委託して制作してもらったデータ・資料が喪失したということであれば,機会損失や,再作成のための費用が損害として認められるかもしれない。しかし,ファイルサーバ中のデータが全部消滅した場合,中にどんなファイルが入っていたのか,被害者自身もわからず,仮にわかったとしても,立証することは非常に困難だ。さらには,それを金銭的評価するとなると難しい。


今のところ今回の件では限度額までは払う,としているが,実際問題,被害者に損害額の立証までも求めるのか,とりあえず限度額までは無条件に支払うとするのか,といったところで被害者の負担は大きく変わる。

過失相殺

上記約款に照らせば,完全にデータバックアップ・保全の責任はユーザ側にあるとされているので,仮に相当の責任と損害が認められたとしても,過失相殺される。例えば,同種の事故として前回のエントリでも紹介した東京地判平成13年9月28日*2では,5割の過失相殺がなされた。また,ジェイコム株誤事件では,原告側3割の過失が認められている。


約款だけを見れば,ユーザがバックアップを取っていなかったとすれば,相当程度の過失割合が認められるかもしれないが,現在報道されているところによると,パンフレット等で100%稼働保証を謳っていたり,

さらに人為的なデータ損失があった場合にそなえ、日に1回、外部サーバーにデータを保存していますので、お客様によるデータの誤消去があった場合にも、前日の状態に戻すことが可能です

などのことを記載していたとのことなので*3,これを見て安心して契約していたとすれば,ユーザ側の過失割合は相当低くなるものといえるだろう。


とりあえず,また気付いたことがあれば,補足します。

*1:http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20091224/1327129845

*2:http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20111109/1327154793

*3:これが具体的にどのサービスについてのうたい文句であったかどうかは確認していないので,すべてについていえるかどうかはわからない。