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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

注文者からの入金があったら払うという下請契約の支払条件

題記のような支払条件の合意があるケースで,注文者(正確には多重構造の発注関係があるので元請けではないが)が倒産してしまったときには下請業者は請負代金を請求できないのか,ということが問題となった裁判例*1


本件事例(最高裁平成22年10月14日判決)を簡単にいえば,次のとおりである。

  • 浄水場内の監視設備工事に関して,公共事業を受注したAから順にB,C,D,Eへと多重的に下請発注が繰り返され,Eが設備を製造し,Aに納入した。
  • Aは,その代金をBに支払い,BはCへと支払った。
  • Cは,その後,Dへ支払うこともなく,破産した。
  • DとEとの間には「入金リンク条項」という支払条件の合意があり,具体的には,「Dが,代金の支払いを受けた後にEに対して支払う」ということが合意されていた。


以上の事実関係のもとで,EがDに対して代金3億円余りの支払を請求したが,原審(東京高裁)は,

本件入金リンク条項は,本件代金の支払につき,Dが本件機器の製造等に係る請負代金の支払を受けることを停止条件とする旨を定めたものと解する


として,支払を受けていない段階では停止条件が成就していない,として,Eの請求を棄却した。


しかし,最高裁は,

  • 一般に,下請人が,仕事を完成させ,引渡しをしたにもかかわらず,請負人が注文者からの入金がない場合には,自らも支払を受けられない,という合意をすることは想定し難い
  • 本件は公共事業の一種であって,支払が確実に行われることを想定したものであって,そのような事態を承諾していたとは解し難い


などとして,

当事者の意思を合理的に解釈すれば,本件代金の支払につき,Dが上記支払を受けることを停止条件とする旨を定めたものとはいえず,本件請負契約においては,Dが上記請負代金の支払を受けたときは,その時点で本件代金の支払期限が到来すること,また,Dが上記支払を受ける見込みがなくなったときは,その時点で本件代金の支払期限が到来することが合意されたものと解する


と判断した。すなわち,支払を順当に受ければ,その時点で,下請(E)に対する支払期限も到来するが,支払を受ける見込みがなくなったときは,その時点でやはり支払期限が到来する,とした(Eの請求を認容したわけではなく,「支払を受ける見込みがなくなったのか」などをさらに審理させるため差し戻しとした)。


本裁判例は,あくまで当該事例について判断したものであって,公共事業の特殊性が考慮されたといえるが,他業種の類似事例にも影響を及ぼすものと考えられる。


システム受託開発の下請契約や,コンサルティング業務の再委託契約においても,同種の「入金リンク」条項が定められることがある。また,システム開発,ITコンサルティングの現場においては,実質的に労働者派遣と変わらない業態で,インデペンデント・コントラクタ(IC)を束ねて薄いマージンを取りつつ,案件の紹介,仕事の仲介をしている事業者が少なくない。そのような事業者にとっては,注文者の倒産リスク,不払リスクは,「入金リンク」条項で完全にヘッジできるとは考えないほうがよいだろう。


また,下請契約においては,「元請契約が事由の如何を問わず終了したときには,当然に本契約は終了し,下請に対しては,元請契約に基づいて支払い済みの報酬額の○%を支払う」などというような定めを置かれることがある。文理どおりに解釈すれば,元請契約が途中で終了し,支払済みの報酬額が0円だったときは,下請に対しても1円も支払われないことになるが,(下請法の適用がない場合でも)このような合意の有効性が争われるケースもあるだろう。

*1:本ケースは,町村先生のブログ(http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2010/10/arret-5d05.html)で知りました。