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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

「アプリ法務ハンドブック」レビュー

「アプリ法務ハンドブック」(レクシスネクシス・ジャパン)を著者よりご恵贈いただいた。


【BUSINESS LAW JOURNAL BOOKS】アプリ法務ハンドブック

【BUSINESS LAW JOURNAL BOOKS】アプリ法務ハンドブック

5人の著者のうち,橋詰さん,平林さん,小野さんとは知り合いで,コロプラ・LINEにて,まさにアプリ法務の最前線で活躍されている方々。出版の話を聞いて,一読者としてとても楽しみにしていた。


本書は,出張のお供として,フライト中に一気に読み終えた。一言でいうなら本書は「アプリ」提供事業者にとって必携であり,「IT法務」の専門家を標榜する人こそ(知識の抜け漏れがないか確認するためにこっそりと)読んでおくべき書だと言える。


本書は3部構成で,

  • 第1部 アプリ開発フェーズの法律知識
  • 第2部 アプリ提供フェーズの法律知識
  • 第3部 アプリ運用フェーズの法律知識

となっている*1


クライアントから相談を受ける立場である弁護士は,どうしても企画者,開発者からの距離もあり,時間・費用の制約から,個々のアプリの内容などに深く関与できなかったり,開発・運用の実情を知らなかったりする。本書は,弁護士が必ずしも強くないと思われるプラットフォーマ―(アップル,グーグル)の規約や,OSSライセンスなどに力を入れているだけに,かゆいところに手が届いている。


「ここはいいな」と思ったところを挙げていくと・・


知的財産の権利処理の説明で,法律別の説明ではなく「画像」「キャラクター」「音楽」「フォント」などの素材コンテンツ別で解説しているところ(61頁以下)。まさに実務的視線であり,ランドマークの例で「東京スカイツリー」の権利主張を紹介しているところなどもわかりやすい。


成立したばかりの改正個人情報保護法について言及しているところ(例えば102頁)。本書の出版は,改正法の成立に合わせたのではないかと思える*2。ただし,改正法の解説がメインではないし,改正法の下での運用は,政令等が明らかにならないと固まらないので,概要をつかむにとどまる。将来性を考えて必須ではないデータを集めることはリスクですよ,と忠告している点は私と同じ考え。また,法改正とは関係ないが,第三者が提供したツール(情報収集モジュール)によるデータ収集に関する取扱い(278頁)は,実務的な問題で,書籍という形で言及されている例は本書が初めてかもしれない。


デベロッパー規約について解説しているところ(155頁以下)。弁護士の立場からすれば,一事業者が提供している契約条件にすぎないので,ブログでコメントするくらいはともかく,書籍で解説するのには抵抗があるけれど,もはや政府や業界団体のガイドライン,さらには法律以上に強制通用力があるので,情報の有益性としては極めて高い*3。私も,相談ベースでデベロッパー規約を確認することはあっても,ちゃんと通して読んだことはない。また,プラットフォーマ―の俺様ルールが強力すぎて,法律に適合したアプリであっても,提供できない例というのは,業界外の人には知られていないので,具体例を挙げて説明しているのはわかりやすい。


アプリの利用規約が具体例とともに丁寧に解説されているところ(227頁以下)。こうしてみると,少しずつアプリ利用規約をはじめとする消費者向け規約は「法律文書」から「わかりやすい文書」に移行しつつあり,今は,かなりバリエーションが広いなと感じる。ところで,免責条項における「トリプルストッパー」という表現(244頁)は,一般的かどうか知らないけど,次から使わせてもらうことにしよう。


同様に,プライバシーポリシーについて具体例とともに丁寧に解説されているところ(250頁以下)。本書では,二階建て構成(アプリ共通+アプリ固有)が紹介されていて,それが適切だと思う*4


最後に,実務的な運用上の問題に対して正面からソリューションを含めて解説,回答しているところ(304頁以下)。未成年者取引だとして取消の主張にはどう対応するか,プロ責法に基づく削除依頼が来たらどう対応するかといったところは,法律事務所所属の弁護士としては,論文や書籍に書きにくいところまで言及していて,実務で参考になるだろう。さらには,キャンペーン,マーケティングについては,景品表示法の規制を解説するとともに,「ログインボーナスに景品規制は適用されるか」「ステージクリア報酬は「懸賞」による「景品類の提供」か」「アプリ内懸賞企画はオープン懸賞か」といった超頻出疑問について,コラムで解説しているところは,アプリ提供者にとってありがたいだろう。


本書は,法律,裁判例ガイドライン等の客観的な裏付けをもとに書かれているとはいえ,まだ未解決の問題に踏み込んでいるだけに,解釈の幅がある部分については,どうしても「アプリ提供の視点」に寄りがちであることには注意しておいたほうがよいと思われる。例えば,消費者やプラットフォーマ―らの立場からは異なる解釈,見解もあり得るだろう。


本書さえあれば,アプリ法務に関して専門家要らずといえるかというとそこまではいえないだろう。しかし,上記のように頻出質問について丁寧に解説していたり,規約のひな形が本体3,800円の書籍の中で提供されていたりすると,法律専門家への期待値はその数倍上にならざるを得ない。ガイドラインを見れば書いてあることを解説しているだけの専門家は,早晩相手にされなくなる。そういう思いを強くした一冊だった。


※なお,本書は,知人が執筆しており,かつ,お世話になっている出版社から刊行されたものであるが,レビューの依頼その他何らかの関係性に基づいて本エントリを書いたものではない

*1:この表題,個人的には「法律知識」でなくてもよいのではないかなと思う。単なる法律知識を超えた実務的なtipsがちりばめられており,さらにいえば,法律の解説に主眼が置かれているわけでもないようだから。

*2:図表1-25,図表1-26のデータベースBにも「個人情報」のカッコで括ったほうがよいのではないかな。また,図表1-25のデータベースBに「性別」フィールドが2個あるのはバグと思われる。

*3:著者の一人,橋詰さんのブログ(http://blog.livedoor.jp/businesslaw/)のPFルールカテゴリでコツコツと書き溜められたシリーズを再編集したものと思われる。 

*4:厳密には,事業者全体のプライバシーポリシーを含めれば三階建てということになろう。