Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

commの規約問題から考える事業者によるデータ取得・利用とユーザの同意

10月23日にサービスが開始された,DeNAのメッセージサービスcommについてCNETにコメントしたが,その点についてもう少しまとめておく。


サービス開始直後に,commの利用規約に問題あるんじゃないの?という話題がネット上で立ち上がり,この分野で舌鋒鋭い高木浩光先生が,

とツイートしたことなどから,徐々に盛り上がった。その規約(現在は一部修正されている。)について,こうした動きを察知したDeNAは,

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1210/23/news120.html

にあるように,補足説明するにとどめ,「規約は修正しない」と回答したようだ。その日の夕方5時ころ,私は朝日インタラクティブの記者から連絡を受けて,簡単にコメントしたところ,それが記事になるということで,夜12時過ぎに記事原稿を修正して返送した。


その要点は,おおよそ次のようなものだ。

  • 規約には,DeNAがユーザ同士のコミュニケーション内容(メール,チャットなど)を利用できるということが書いてあり,ユーザはその規約に同意している
  • 形式的には通信の秘密に関する利益を放棄しているといえるようだが,アプリを使う前の包括的な同意で,かつ,ほとんどのユーザは規約を読んでないから,そんな同意は有効といえるか

というところだ。


結局,DeNAは,同日夜11時ころ,規約を修正した。


私の修正前規約を前提としたコメントは翌24日朝10時半ころにアップされたようなので,時機に遅れたものとなっている。


事の経緯は上記のとおりだが,ここで,「規約の同意」について考えてみる。


インターネットサービスにおいて,規約を表示し,「同意する」というアクションをユーザに求めることはごく一般的に行われている。


そして,経済産業省が定める「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(以下「準則」)においても,そういった同意の取り方については肯定的である。この点については,takujihashizumeさんの過去のブログ記事で解説されているが,平成23年の準則改定の際に,次のように,事業者寄りの修正がなされている。象徴的な部分のみ,抜粋する。


<旧>平成22年版

単に同意クリックなどの仕組みがないだけでなく、サイト利用規約へのリンクボタンがサイト内の目立たない場所に小さく表示されているに過ぎないなど、利用者がサイト利用規約の存在に気がつかないであろう場合には、原則として法的効力は認められない

<新>平成23年

必ずしもサイト利用規約への同意クリックを要求する仕組みまでなくても、購入ボタンのクリック等により取引の申込みが行われることをもって、サイト利用規約の条件に従って取引を行う意思を認めることができる

このような変更がなされた背景として,「ウェブサイトにサイト利用規約を掲載し、これに基づき取引の申込みを行わせる取引の仕組みは、少なくともインターネット利用者の間では相当程度認識が広まっている」ことが挙げられている(なお,この準則はあくまで一つの行政が定めたガイドラインであって,これに従っている限り法的効果が生じることが保証されているものではないことに注意が必要である)。


他方で,近時,「ビッグデータ」というバズワードのもとで,ユーザの属性情報,行動履歴情報を事業者が取得,活用する動きが加速している。こうした動きに対しては,個人情報保護,プライバシー保護の観点等から,上述の高木先生のほか,慶大の新保史生先生,新潟大の鈴木正朝先生らが警鐘を鳴らしている。例えば,新保先生は,「ビッグデータの取り扱いをめぐる法的責任の”誤解”と”誤認”」において,

事業者側も、利用者は利用規約や個人情報保護方針の内容など「読まないだろう」と高を括って、ウェブの画面上の同意ボタンを押してもらいさえすれば全権委任されたものと考え、あとはビッグデータ活用の無限の可能性を検討さえすればよいという現状には危惧を覚える。

と述べている。


多数の事業者には,決してユーザから情報を取得して悪用したいという意図はなく,広告,マーケティング分野において活かしたり,新たなサービスを開発したり,ユーザの利便性を向上させたいと考えているだろう。そこで,適法,適正に情報を取得,利用するためにどうすればよいかを考えなければならない。


方向性としては,ごく当たり前だが,少なくとも以下の2点に留意すべきだろう。

1. 形式的に「同意」ボタンで済ますのではなく,やろうとしていることをきちんと説明し,ユーザの理解・納得を得ること
2. 「念のため幅広く取得・活用できるようにする」のではなく,必要な限度での取得,利用にとどめること

同意の取り方

経産省の準則では,

物品の販売やサービスの提供などの取引を目的とするウェブサイトについては、利用者がサイト利用規約に同意の上で取引を申し込んだのであれば、サイト利用規約の内容は利用者とサイト運営者との間の当該取引についての契約の内容に組み入れられる

としているが(頁i.21),これは単に形式的に同意ボタンを押させればよいと言っているわけではない。

当該ウェブサイトの表記や構成及び取引申込みの仕組みに照らして利用者がサイト利用規約の条件にしたがって取引を行う意思をもってサイト運営者に対して取引を申し入れたと認定できることが必要である。

としていて(頁i.23),ユーザに不利益な内容をわかりにくく書いていたような場合には,有効性が疑わしくなる。この点については,「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会 第二次提言」(平成22年4月)においても「配慮原則」として「透明性の確保」「適正な手段による取得の確保」等が挙げられている。


単に規約を小さなウィンドウに表示して形式的に「同意」を求めるのではなく,重要な事項(特にユーザに不利益になる事項)については,その内容を図表・イラストなども利用するなどして丁寧に説明しなければならない。その結果,サービス開始までの手続が煩雑になり,ユーザが離れてしまう,という指摘もあるが,「きちんと説明してもわかってもらえないor説明したら逃げられる」サービスは市場にとどまるべきではないサービスだということになる。

事業者の権利・取得情報・利用範囲は,必要な範囲内にとどめる

インターネットサービスは,小さく初めて,柔軟に変更・拡張できるところに特徴がある。したがって,サービスローンチ当初には予想していなかったデータが必要になったり,予想していなかったデータの使い道が生じてきたりすることがある。そのようなケースを事前にすべて想定することはできないからといって,使い道が決まっていないデータを幅広く取得しておいたり,使い道を曖昧かつ広範に「当社は自由に利用できるものとします。第三者に利用させることができるものとします。」などとしたりするのは問題だ。


かつて,ミクシィがユーザの投稿したコンテンツを自由に利用できることができるとした規約を掲げたところ,ユーザからの反発を受けたことがあった。条文上は,mixi上の日記をミクシィが書籍化したりすることができてしまう。ミクシィは無断でそういったことはしない,と説明したが,そうであるならば,不必要に事業者側の権利を広く定める規約にすべきではなかっただろう。


もちろん,サービスの展開次第では,現行の規約では対応しきれなくなる場合がある。軽微なものであれば,規約の変更に関する規定に基づいて個別同意を得なくてもよいと考えられるが,ユーザに対する不利益変更であれば,事業者が自由に規約を変更できる,といった条項の有効性が問題になるだけに,やはり個別的な説明と同意を得るようにしなければならない。