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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

棋譜データは「限定提供データ」として保護されるか

先日,将棋連盟からこんなリリースが出された。

 

www.shogi.or.jp

棋譜の法的保護

公益社団法人日本将棋連盟と各社が主催する棋戦で作られる棋譜は両者の共通の財産であり、棋譜の無断使用は両者の財産を損なう恐れがあります。 

従前から棋譜の法的権利には様々な議論があったところだ。しかし,棋譜そのものに著作権を認めることは困難であることは,過去に検討したところでもある。

masahiroito.hatenablog.com

そのためか,上記の連盟のリリースでも「共通の財産」といったような抽象的な表現にとどまっている。著作権あり,と宣言することには躊躇したのだろう。

とはいえ,有償で配信されている棋譜を,そのままYoutubeなどで転載したりすることは不法行為になる可能性があるということを指摘したことがある。

www.itmedia.co.jp

債権侵害となって不法行為になり得るとはいうものの,差止請求できるわけでもなく,法的立場としては弱いといわざるを得ない。

 

そこで,ふと思ったのが,棋譜データは,2019年7月1日に施行されたばかりの「限定提供データ」(不正競争防止法2条7項)のもとで保護されるのではないか,ということ。

 

これは,ビッグデータ時代を背景に,法的保護が曖昧になっている「データ」について,一定の要件で営業秘密と類似の保護を与えようというものである。

限定提供データ該当性

限定提供データとは,

この法律において「限定提供データ」とは、業として特定の者に提供する情報として電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他人の知覚によっては認識することができない方法をいう。次項において同じ。)により相当量蓄積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報(秘密として管理されているものを除く。)をいう

 その要件を分解すると,

  1. 「業として特定の者に提供する」(限定提供性)
  2. 「電磁的方法・・・により相当量蓄積され」(相当蓄積性)
  3. 「電磁的方法により・・・管理され」(電磁的管理性)
  4. 「技術上又は営業上の情報」

である(秘密管理されていないことも要件だが,当然に満たすとしてここでの検討対象とはしない。)。以下の検討では,経産省の「限定提供データに関する指針」(以下「指針」)を適宜参照している。

https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31pd.pdf

「業として特定の者に提供する」(限定提供性)

これは商品として広く提供されるデータ等を想定している。将棋連盟モバイルアプリで配信されているデータ,順位戦中継サイトなどで有料で配信されているものは,この要件に該当するといえるだろう。他方,公開されているウェブサイトに掲載されているもの(放映が終了したNHK杯,銀河戦等の棋譜データ等)はこの対象にならないと思われる。

「電磁的方法・・・により相当量蓄積され」(相当蓄積性)

電磁的方法によって蓄積されていなければならないので,新聞に掲載されている棋戦の棋譜は対象にならない。また,ニコ生,Abemaなどで配信されている中継は,動画として対局の様子は配信されているものの,棋譜データが電磁的方法で管理されているものではないので,これも限定提供データの対象にはならないだろう。

次に,「相当蓄積性」も問題になるが,連盟モバイルアプリや順位戦中継サイトの場合は,過去の一定期間に中継された棋譜が閲覧可能になっていることから,「蓄積されることによって価値を有する」といえるから,相当蓄積性も満たすといえると思われる。

「電磁的方法により・・・管理され」(電磁的管理性)

 特定の者に対してのみ提供するとして管理するという保有者の意思が必要であり,具体的にはID,パスワード等による認証などが挙げられる。連盟モバイルアプリや順位戦中継サイトの場合は,いずれもこの要件を満たす。

「技術上又は営業上の情報」

 この要件は比較的広く解釈されている。棋譜は,棋力向上の観点から技術上の情報だといえるし,棋士の活動の成果ということで営業上の情報だともいえそうである。

小括 ―棋譜のうち,限定提供データに該当するもの

以上のようにみてみると,棋譜そのものがあらゆる場面において限定提供データに該当するとは言えないが,次のように分類できそうである。なお,適用除外(法19条1項8号ロ)を考慮しても下記結論を左右するものではないと思われる。

【限定提供データに該当すると思われるケース】

  • 連盟モバイルアプリ・名人戦棋譜速報(順位戦中継)で配信されている棋譜

【限定提供データに該当しないと思われるケース】

  • 新聞紙面に掲載されている棋譜
  • 動画中継サービスで配信されている動画から書き起こした棋譜
  • 誰でもアクセスできるウェブサイトに掲載されている棋譜(放映済みNHK杯,銀河戦等の棋譜,各棋戦サイトの棋譜)

やってはいけない行為

さて,限定提供データに該当する棋譜については,不正競争防止法2条1項11号から16号に該当する行為をすると「不正競争」に該当し,差止請求や損害賠償請求の対象となる(なお,営業秘密と異なり,刑事罰の対象にはなっていない。)。

不正競争の類型ごとに一つ一つつぶしていくというよりは,現に問題となり得る行為を取り上げて検討してみる。

棋譜中継のデータをほぼリアルタイムにYoutubeやSNSにて”中継”する行為

運営側からすると,これをやられることで,課金ユーザが離れてしまいかねないので,最もやってほしくない行為だろう。限定提供データに該当する棋譜について,自らは正規に閲覧したとしても,それを他の方法(YoutubeやSNS)で"中継"すると,不正競争(法2条1項14号)に該当する可能性がある。つまり,

限定提供データを保有する事業者(以下「限定提供データ保有者」という。)からその限定提供データを示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその限定提供データ保有者に損害を加える目的で、その限定提供データを・・開示する行為 

 に該当しうる。ここで問題になるのは,「不正の利益を得る目的で、又はその限定提供データ保有者に損害を加える目的」(図利加害目的)という主観要件であるが,第三者開示を禁ずることが連盟アプリの規約に記載されていることや,これを行うことで運営者に損害が生じ得ることは認識できると考えられるから,図利加害目的はあると判断されやすい。

もう一つ問題になるのは,初手から終局までの手順を再現する場合に限らず,特定の局面を開示すれば問題になるのか,という「量」の問題である。この点について「指針」18頁では,開示の対象は,データの保有者が保有する「限定提供データ」のすべてではなくても,

相当蓄積性を満たす一部(当該一部について、蓄積されることで生み出される付加価値、利活用の可能性、取引価格、収集・解析に当たって投じられた労力・時間・費用等を勘案し価値が生じているものと判断される場合)であることが必要である。

としており,少なくとも特定の局面だけをツイートしたりブログに書いたりすることでは「相当蓄積性を満たす一部」とは言えないだろう。一局を通じて中継した場合に「価値が生じている」と判断されるかどうかは微妙なところである。しかし,

「相当量蓄積」していない一部を、連続的又は断続的に取得等した結果、全体として相当量を取得等する場合には、一連の行為が一体として評価され「不正競争」に該当する場合がある。 

 とされていることから,たとえ1局だけならお目こぼしされたとしても,繰り返し同様の行為を行えば,一体として「不正競争」になる場合はある。

棋譜中継の対局を取り上げてソフトにかけたり解説する様子をYoutube等に上げる行為

中継ほどのリアルタイム性はなくとも,事後的に解説したりする動画は多くアップされている。前掲の14号は,リアルタイム性を要件とされていないので,基本的には同じだが,棋譜が一般に公開された後には限定提供データ該当性が失われる。特定の局面を取り上げて解説する程度であれば「相当蓄積性を満たす一部」とはいえないだろう。

不正競争に該当する態様で中継されたものを閲覧する行為

著作物の海賊版ダウンロード違法化のときは,もともと私的使用目的での複製であれば適法だったことから,これを問題にするのかということが争われた。これと同様に,違法に中継された限定提供データを,Youtube等を通じて閲覧,視聴する行為はどうだろうか。

同法2条1項15号等では,取得時悪意の転得類型を定めている。

その限定提供データについて限定提供データ不正開示行為(略)であること若しくはその限定提供データについて限定提供データ不正開示行為が介在したことを知って限定提供データを取得し、又はその取得した限定提供データを使用し、若しくは開示する行為

すなわち,不正行為があったことを知りながら限定提供データを「取得」する行為も不正競争とされている。「取得」の典型例は,ローカルに保存する行為だが,そのほかにも指針19頁に例示されている。データ利用の委縮を回避するためにも,単なる画面上に表示させるだけの閲覧・視聴にとどまる場合には,「データを自己の管理下におく」ことにはあたらず,「取得」ではないと考えるべきだろう。また,視聴者が「相当蓄積性」に該当するほどの量を取得するケースも考えにくい。

よって,Youtube等の視聴者は,視聴にとどまる限りでは不正競争には該当しないというべきだろう。

「限定提供データ」 の規定によって制限できるものは限定的

以上みてきたように,限定提供データによって棋譜データが保護される場合はあるものの,データの保有者(将棋連盟等)が救済を受けられるのは,よほど悪質に繰り返すような場合に限られる。

従来の不法行為に頼るよりは一歩前進だといえるが,そもそも対局結果を記録しただけの棋譜や盤面そのものについて排他的な権利を与えることは困難だといえる。

冒頭の連盟のサイトによれば,棋譜を利用したい人は,フォームを通じて申請ができるようになっている。

しかし,フォームを見たところ,棋譜の特定に

(1) ●●戦、第1期、五番勝負、第2局、●●●●、××××、2017/10/21、初手~25手目
(2) ●●戦、第20期、予選リーグ、●●●●、□□□□、2017/10/29、最終手のみ
(3) ●●戦、第30期、二次予選、●●●●、□□□□、2017/11/5、78手目 

などと書いた上,媒体なども明示しなければならず,かなり面倒な印象をうける。しかも,その申請に対する審査基準なども明らかではない。

7月には,将棋連盟中継アプリから,盤面ツイート機能が削除されたが,それくらいユーザに開放して将棋の情報を拡散する方向に考えられないのかと思うと残念である。

 言うまでもなく,プロの指した対局の棋譜やその断面である盤面というのは貴重な財産であり,そこに異を唱えるつもりはない。しかし,これだけファンが自ら情報発信できる時代で,それをクローズドにガチガチに固めて守勢でいくのではなく,もっとオープンに,バランス重視で攻勢するような作戦でいってもらいたいものだ。