Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

NDAについて(1)

今の仕事で日本語,英語を含め,もっともよく目にする契約類型の一つが,秘密保持契約だろう。


秘密保持契約は,よくNDAと称されることが多いが,これはNon-Disclosure Agreementの略(以下,日本語・英語を問わずNDAという。)だ。英語では,ほかにConfidential Agreementなどと称されることなども多い。さらには,双方当事者の署名があるケースと,一方当事者がレター,誓約書という形で,一方的に義務を負担することを宣言するような場合もある(受領した側は,これに承諾するわけだから,一種の片務契約ということができるだろう。)。


ビジネスの色んな場面で,使われるNDAであるが,「何となく新しい取引先との取引を始める前には,あいさつ代わりにNDAを。」みたいな使われ方をする場合もあり,契約書に記載されている事項が理解されていなかったり,本当は必要ないことが書かれていたり,締結後の運用が記載内容から乖離していたりすることも多い*1。とはいえ,こうした問題点が指摘されるとしても,実際に問題が起きるケースは多くない。


では,何のためにNDAを締結するのか。例えば,我々弁護士の場合,刑法134条1項で「秘密漏示罪」という定めがある。

医師,薬剤師,医薬品販売業者,助産師,弁護士,公証人又はこれらの職にあった者が,正当な理由がないのに,その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは,六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

とあり,特に契約を締結せずとも,依頼者の秘密を「正当な理由」なくして漏らせば刑事罰の対象となる。これに加えて,弁護士法23条でも,秘密保持義務が定められている。逆に,こうした秘密保持義務を負うからこそ,民事訴訟法197条1項2号では「証言拒絶権」が定められており,法廷で証人として出廷した場合でも,依頼者に関する証言を拒絶することができる。同様の規定が刑事訴訟法にもある。


話がそれたが,医師,弁護士など,一定の資格を有する者については,法律上,秘密保持義務を負っている*2ので,敢えて契約を締結する必要はない*3


では,医師,弁護士等以外であれば,いっさい秘密保持義務を負わないか,というとそういうわけでもない。不正競争防止法の2条1項7号では,

営業秘密を保有する事業者からその営業秘密を示された場合において,不正の競業その他不正の利益を得る目的で,その営業秘密を使用し,又は開示する行為

を,「不正競争」の一つとして定義しており,これに反すると,差止(同法3条),損害賠償(同法4条)の対象となる。場合により,刑事罰も科される(同法21条1項3号等)。不正競争防止法には様々な刑事罰が定められているが,特に営業秘密関係については,重罰化が進み,いわゆる「情報窃盗」ということで,通常の窃盗(刑法235条)と同じ10年以下の懲役の法定刑が定められている*4


ただ,ここで注意が必要なのは,不正競争防止法で保護しているのは「営業秘密」に限定している点である。同法にいう営業秘密とは,

秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないものをいう。

とあり(同法2条6項),特に過去の裁判例では「秘密として管理されている」かどうかが多く争われている*5。ただ,一般論として,営業秘密として保護されるためのハードルは高く,「不正競争防止法があるから,わが社の秘密は守られる。」と考えるのは危険だ。


またまた話がそれたが,要するに,医師,弁護士等は法律上幅広い秘密保持義務を負い,そうでない事業者であっても,「営業秘密」にあたる情報であれば,法律上保護されうる。逆にいえば,「営業秘密」に当たらないケースでは相手方に漏洩されても責任を問えない可能性があるため,当事者間の約束である「秘密保持契約(NDA)」によって自己の秘密を守る必要が出てくるのである。


さらには,技術上の情報に関しては,「特許出願前に日本国内又は外国で公然と知られた発明」は特許を受けることができない(特許法29条1項1号)。一般に,秘密保持契約を締結した相手だけに開示した情報であれば,「公然と知られた」ものではないと理解されているので,逆にいえば,秘密保持契約も締結せず,漫然と情報を開示していると,せっかくの技術が権利化できなくなるおそれもある。


前置きのところで話が長くなってしまったので,続く。

*1:この傾向はNDAに限った話ではないが,特にNDAにおいてよく見られる現象だと思う。

*2:なお,刑法だけを見れば,看護師は法律上,秘密保持義務を負わないのか?という疑問も生ずるところだが,保健師助産師看護師法42条の2で刑事罰も含めて同種の義務を定めている。

*3:ただ,それでも義務の範囲を明確にしたり,他の被開示者とのバランスを考慮するなどの目的で,NDAを締結することがある。

*4:罰金については窃盗よりも多額。

*5:この点については多くの裁判例があり,紹介し出したらきりがない。