Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

法科大学院(法曹養成制度)の評価に関する研究会(安念節)

今日ツイッター上で盛り上がっていた安念教授のコメント。帰宅後,ひととおり読んでみた。


安念教授といえば,ロースクール時代に法学教室の演習・憲法を毎月チェックしていた。問題は標準的なものだったが,その回答に至るアプローチ,考え方は毎回「すげえなあ」と思いながら楽しみに読んでいた。


http://www.soumu.go.jp/main_content/000102515.pdf


上記リンクは,第6回法科大学院(法曹養成制度)の評価に関する研究会の議事録であり,安念教授は関係者ヒアリングの対象者として,発言されている。


法科大学院生らから喝采を浴びていたのは,冒頭の「学生は客」というところ。

まず、心がけていることなんですが、第一に学生の立場を理解するということ、これは客商売でございますから、当たり前の話でございます。お客様のニーズにこたえるというのが我々客商売の一丁目一番地でございますが、学生は端的に受験生でございます。司法試験に合格するということ以外に目標はございません。これは当たり前の話でございまして、今は昔と違いまして、法科大学院に入って新司法試験に合格しなければ、不合格という国家による烙印を押されてしまう。これは大変な精神的負担です。そういうつらいつらい精神的な負担とリスクを負っているのが我々のお客様であるということをよく認識する必要があるのは当然のことでございます。したがって、受験生としてメリットを感じられる授業でなければ、授業として意味をなしません。これはどんな説教をしたってしようがないんです。それしか目標のない人々に大所高所から「皆さん」って言ったって無駄です。


完全に客商売として考えてよいかどうかは別として,「クライアントファースト」という姿勢は現在の法科大学院に欠けている部分であり,こういう発言は頼もしい。


途中の授業準備のための資料作りの部分は

もとの文章が縦書きだったからですね、横書きにいたしますので、私はそれを必ず算用数字に直して、その上で半角にし、字体はセンチュリーにする。MS明朝の数字ってあんまりきれいじゃないでしょう。


なかなかマニアックだ。


もう一か所,話題を読んだのは,ソクラテスメソッドに関する発言だ。

次に、ソクラティック・メソッドの機械的な実行はしておりません。ソクラティック・メソッドがいいと信仰している人がおりますが、どこを見てああいうことを言っているんでしょうかね。
(略)
日本の学問、特に日本の法律学は、細部にわたる綿密さを過剰なまでに求めますので、そのようなところでは、ソクラティック・メソッドだけの授業なんて絶対成り立ちません。これ、成り立つと言っている人がいるなら、私、見せていただきたい。お客様から見れば、ソクラティック・メソッドは、大抵の場合、迷惑なんです。そもそも体系的な知識が何にも残りませんからね。
ですから、私も質問や意見を出すようにエンカレッジしますし、雰囲気は盛り上げますが、無理やりに一人一人当てていくなんていうことはしません。特に答えられなかった学生は実は結構傷つくものなんです。今の子はとっても傷つきやすいんです。そんな傷つきやすい子にわざわざ恥をかかせてまでやるほどの価値はありません。つまり、ソクラティック・メソッドというのは、やるべきとき、クラスの雰囲気が盛り上がってきたときにやるといいんです。それは事前に準備していくようなものじゃないんです。その場での雰囲
気でやらなきゃいけない。これができない教師はだめです。つまり、学生にとって迷惑です、端的に、と私は思っております。

後半ではさらに江川紹子さんの質問に対し,滑稽な問答がある。

【安念教授】 ロースクールでは、ソクラティック・メソッドでやらなきゃいけないんだそうですよ。
【江川委員】 それはだれが決めた?
【安念教授】 知りません。みんなそう言っているから、そうなんじゃないですか。
【江川委員】 例えば法務省とか文科省とかから言われたわけではないんですか。
【安念教授】 言われているんじゃないですか。プロの方に聞いていただいたほうがいい。確か、法令で決まっているんじゃないですか。「ソクラティック・メソッド」とは書いてないと思いますよ、「双方向」とか何か、そういう地デジみたいなことを言っているんじゃないですか。


これは以前,当ブログで書いたコメントとも近い。

http://d.hatena.ne.jp/redips/20070605/1181046867


こちらは,ブログを書き始めて3日目くらいのエントリ。

http://d.hatena.ne.jp/redips/20050304/1109902484


確かに,ソクラテスメソッドは,法科大学院における授業の理想とされていたが,なかなか実践されていることはなかった。また,効果的に実施するための努力,研究があったかどうかも疑わしい。これは私の推測だが,結局,当初は試みた教員も,やがてうまくいかず,今ではほとんど行われていないのではないかと思う。


次のような起案指導に関しては,非常にうらやましいと思うロースクール生も多いだろう。

次に、求められれば答案やレポート等の添削を行い、かつ面談をする。これは、ここに伺う直前までやっておりました。これは大変な負担です。受験指導ではないかというお叱りを頂戴するかもしれませんが、そんな高級なもんじゃない。今の学生はまとまった文章を書いた経験がありませんので、まあ綴り方教室です。とにかく「てにをは」を直し、漢字を直し、そこから始めます。しかし、これをしなければ文章を書くという力は決して上達しません。だからやっています。給料のうちだと思っているからやっているわけです。私、別に愛情からやっているんじゃないんですよ。サラリーマンだからやっているだけの話です。そうする以外に方法がないからです。いらいらした文章を読まされるよりは自分で直したほうがまだいいというので、私はやっています。
次に、新司法試験の問題ですが、具体的な解答例を私は自分で書くようにしております。つまり、個別的な論点についての解説なんてされたって、学生は困るんです。書き方がわからないんですから。ですから、その文章の流れ、ストーリーのつくり方について、例えばこういう書き方があるということを私は自分で示すようにしています。


母校LSでも,ソクラテスメソッドを効果的に実践し,かつ,わかりやすいと評判の先生は,定期試験の後,解答例を示したり,学生の優秀答案を配布したりしていた。当時の私は,他の先生がなぜ,これを惜しむのかが理解ができなかった。


さらに安念節はヒートアップして面白くなっていく。

私のやっていることは、それはロースクールの理念に反するんじゃないかと、そうでしょう、きっと。原理主義者から見ればね。だけど、よろしいですか。試験対策でもあり、かつ理論的な水準も落とさないという授業をできなければ、そんなものは教師として給料をもらっている資格はありません。首にすべきです。
(略)
ロースクールの今後ですが、これは何かいろいろごちゃごちゃ言う人がいますが、マクロ経済の状況次第だと私は思っています。つまり、経済的にペイしない仕組みは、いずれにせよ長期的にはサステイナブルではあり得ません。日本経済の衰退は予想したよりはるかに急です。まあ、私が予想したより、というだけですけれども。もっとちゃんと予想した方はいらっしゃるかもしれません。


強烈なのは,三振者,法務博士に関する次のくだり。みんな薄々わかっていることを,公式の場ではっきり言ってのけるところはすごい。

【江川委員】 (略)その三振してしまった人たちもおそらく相談を受けたりすることもあると思うんですけれども、そういう人たちの身の振り方というのはどういうふうに……。
【安念教授】 ございませんでしょうね。私、ロースクールが始まる前とか始まってから、何人もの経済人の方、経営トップに近い方々に、雑談の中で、そのことだけを伺ったわけじゃありませんが、「三振した人間はそれでも一応の素養があるんだから、採ってもらうなんていうことはできないものでしょうかね」と伺ったら、「そんなことがあるはずない」とおっしゃる。「3回チャンスがあって、お上からこいつはだめだという烙印を押されたやつをわざわざ採るばかな企業がどこにある」と。私が会った限りでは、すべての経済人が判で押したようにそのようにおっしゃっております。(略)
【江川委員】 ええ。それは、法学博士でしたっけ。
【安念教授】 法務博士。
【江川委員】 法務博士になるわけです。じゃ、その資格というか、あれは、学位は何にも生きない?
【安念教授】 というか、スティグマでしょうね、むしろ。マイナスですよ。ないほうがずっといい。それはそうでしょう。


安念教授にヒアリングすれば,おおよそこのような発言をされることは事前に予想されたと思うが,敢えてお呼びしたところもこの委員会のファインプレーだといえるかもしれない。ロースクール生,卒業生には,ぜひ原文を一読することを勧めたい。


ちなみに,安念教授以外にも,法科大学院経由の弁護士もヒアリング対象者となっている。こちらのヒアリング議事録も読みごたえがある。