Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

独立の決断・意義

このエントリーは,法務系Advent Calendar #LegalAC のエントリーとして作成しています。

adventar.org


dtkさんからのバトンを引き継いだのだけれど,もともとは,昨日登壇した情報ネットワーク法学会のシステム開発分科会をテーマに書こうと思っていた。しかし,酩酊中の勢いも駆って,これまでのAC(Advent Calendar)の傾向から,何かキャリアについて書いたほうがよいのかもしれないと思って急遽,ポエムのようなテーマに変更した。


どうして辞めたんですか

前の事務所をやめてから1年,大げさではなく,100人以上から「どうして前の事務所を辞めたんですか」「独立してよかったんですか」ということを聞かれた。一言で答えられる話でもないので,その都度,当たり障りのない回答をしてしまったのではないかと思う。


特に若い人から聞かれる場合は,「いつ独立するか,あるいは弁護士以外の仕事にいつ移るかということを常に考えたほうが良い」と答えている。独立してハッピーになるかどうかはその人次第なのだけれども,「独立するぞ,転身するぞ」と意識しながら仕事をすることは必ず有意義だと思っているからだ。

キャリアに悩める若手

昔は,弁護士のキャリアモデルは,どこかの事務所にイソ弁として入り,そこから数年して独立して事務所を構えるというものだったけれど,今や,独立したというだけで仕事が入ってくるわけでもないことから,独立へのハードルが格段に上がっている。だから,悩める若手が増えている。


また,特にビジネス法務の分野では,何かと複雑化,専門化,大型化しているし,小規模で独立するとクライアントの信用を得にくいことから,独立に対する障壁がさらに大きい。今まで給与と仕事をもらっていた立場から,経費を自己負担する立場への転換はあまりにも大きな変化であり,それに躊躇することは当然だ。


自分が弁護士になった10年前,何年か経って独立するという業界慣行は,その人の経済的利益だけを考えた部分最適解で,日本のリーガルサービス全体の地位向上からはマイナスだとも思っていた。だから,当時,流行っていた事務所の合併,合従連衡は良い傾向だと思っていた。そうでもしないと,欧米の大規模事務所に飲まれてしまって対抗できないだろうと考えていた。


しかし,現実に目の前にある事件,クライアント一つ一つを取ってみると,弁護士が何十人もいないと対応できないというものはほとんどない。大規模訴訟でも,書面を書いたりするのは所詮は一人か二人だから,弁護士数人の事務所でもはじめから受けられない,というものはレアだ。大手事務所に弁護士何百人といても,一つの案件は大半は2,3人で担当してるし,中で手を動かしてるのは実質1人だったりする。どうしてもマンパワーがたりなければ,知り合いの所外の弁護士と協働するという手もある。


だから,独立することで,(人的リソースの量という観点から)できる案件が減るというということはない。あとは,もらう側から払う側への転換という経済的リスクに対して,どう見切りをつけるのかという問題だ。

最初に入った事務所でパートナーになるのが理想のようだが

最初に入った事務所でアソシエイトからパートナーに昇格するというパターンは,そのリスクを最小化できる。事務所のルール次第だけれど,いきなり仕事や収入がなくなるという可能性も低い。だから,ビジネス系の事務所では,入った事務所でそのままパートナーになるというパターンがリスクも低いキャリアプランだと思う。しかし,その事務所の人数構成をみれば,誰でもパートナーになれるわけでもないという事務所が多いし,そもそもエスカレータ式にパートナーになっても,実質,アソシエイトと変わらず,悩める若手が,悩める中堅になるだけだともいえる。悩める中堅になると,外へ出るリスクはどんどん高まるばかりだ。


なので,実際に独立するかどうかは別として,弁護士たるもの,弁護士として,ものごころがついたときには「いつでも事務所から放り出されても何とか生きていける状態」に早く達するようにならなければならない。中堅から大手の事務所の若手と話していると,この意識がない,あるいは理解しているけれど「日々の仕事が忙しくて具体的アクションは何もできません」という人が多い。


何とか生きていける状態にするためには,端的にいえば,世間からの認知度を高めて,クライアント吸引力をつけること。弁護士業務をするにはコストはいかようにも下げられるので,このレベルに達するのはそれほど難しいことではない。最悪,一人でもなんとかなるかな,と思った瞬間,キャリアに対する不安はぐっと下がる。そのまま,所属先の事務所でパートナーになるか,独立するかは,オプションになる。そうこう言ってるうちに,「一緒にやろうよ」と声がかかるようになる。


どうしても自分にはそういう生き方を選びにくい,選びたくない,という人は,弁護士稼業にこだわらなければよい。幸い,今は企業への転身も増えているので(さらには起業も),そちらを目指すことができる。自分の市場価値がもっとも高いタイミングを見計らって転身すればよい。

永遠に組織やボスの庇護のもとで生きていくことはできない

悩んでいられる期間は,意外に短い。独立することは必須ではないけれど,自分は独りでもやっていけるか,独りでやっていけるためには何が足りないか,ということを考え続けることは必須だと思う。プロフェッショナルは,永遠に組織やボスの庇護のもとで生きていくということはできない性質の職業なので,この問題を避けては通れない。


事務所のインフラ,事務所のクライアントポートフォリオ,同僚・スタッフは,決して自分の力で築いたものではない。成仏を避けるためには,それがすべてなくなって放り出されてもいいように,日々の仕事をするのはもちろんのこと,その先のことを考えて行動しなければならない。

独立は手段か目的か

修習生になる前の就職の面談で「あなたは近い将来,独立されますか」と聞かれ,「独立は目的ではなく,手段だと考えてます。やりたいことが独立しないとできないというのであれば,独立するかもしれません。」などとイキった回答をしていた。でも,今は独立それ自体を目的にするのもいいんじゃないかと思う。というか,それを目的として,必要なスキルを身につけることが有意義だと思う。


もっとも,独立やパートナーになったらそれで終わりというわけではなく,そこからさらに長い職業人生が待っているので,別のステージとして「悩める中堅・ベテラン」になるのだけれども。


次の日は,dancing_alone83 さんです。