王座戦に続いて,王将戦の棋譜利用ガイドラインが公表された。
リンク先のページには,王座戦,王将戦の棋譜利用ガイドラインがそれぞれ掲載されている。
そもそも,棋戦ごとに利用条件・範囲が異なるという時点で,ファンによる利用を阻害していることになるが,その点は措くとして,具体的な条件を見ていくことにする。
なお,相変わらず棋譜の法的性質(著作物性等)や,許諾の根拠等についての疑問はあるが,本エントリでは取り扱わない。
定義
そもそも何が対象となるのか。
棋譜
対象となる「棋譜」とは,王座戦では,
公式記録に基づいて指し手進行を再現した盤面図(静止画・動画を問わず)、および符号・記号による「指し手順の文字情報」を含めて「棋譜」と言います。
王将戦では,
公式記録に基づいて公式戦対局の指し手進行を再現した「盤面図」(静止画・動画を問わず)、および、符号・記号による「指し手順の文字情報」を含めて「棋譜」といいます。
となっており,実質的な違いはない。盤面図,符号・記号などの文字情報もすべて「棋譜」に含まれる。一般にいう棋譜は,初手から終局までの一局を通じた一連のものを言うと思うが,この定義だと,新聞の将棋欄に掲載された指し手の一部(数手)や特定の盤面図だけでも「棋譜」に当たるのか,あるいはただの一手の符号(△7七飛成など)だけでも「棋譜」に当たるのかは明確ではない。そこは「再現」という語があるとしても,特定の盤面図や数手の符号も「再現」と言えなくない。
棋譜の利用
続いて許諾の対象行為である「棋譜の利用」についても,ガイドラインでは定義がなされているので確認しておく。
王座戦では,
目的ならびに有償・無償の別を問わず、上述の「棋譜」を使って、公式戦対局の指し手順を、文字情報、図面(静止画または動画)、音声、盤面、ディスプレー、集団演技等によって、刊行物、頒布物、放送、公衆送信、上映、上演等の媒体上に再現することを言います。
王将戦では,
商業的利用であるかどうかを問わず、棋譜を使って、公式戦対局の指し手順を、文字情報、図面(静止画または動画)、音声、盤面、ディスプレイ、集団演技等によって、刊行物、頒布物、放送、公衆送信、上映、上演等の媒体上に再現することをいいます。 主催者の許諾を得た放送配信事業者(囲碁将棋チャンネル)の中継する対局の映像をもとに自ら棋譜を作成することも「棋譜の利用」にあたります。
であり,若干の違いが見られるが,ほぼ違いがない。いずれも目的の如何を問わず,棋譜を文字,静止画,動画などの方法を問わず再現することをいう。盤面図や符号をブログに書いたり,YouTubeにて対局を再現する動画を流したりすること,SNS上で棋譜を呟くことも「棋譜の利用」に当たるといってよいだろう。ここでも「再現」の範囲が問題となるが,一部だけを切り取った場合で,過去の対局と一致している(定跡の範囲内であるetc)としても,除外されているわけではない。仮に,初手から終局まですべてを含まないと「再現」には当たらないとすると,必ず初手だけを省略したりする抜け道が出てくるが,そのようなザルの定義では合理的ではないだろう。
許諾の範囲
許諾の対象行為は「棋譜の利用」であるが,その考え方については両棋戦では大きく異なる。
王座戦
王座戦では,「棋譜の利用」に当たる行為のうち,利用する量,対局からの経過期間,目的(商用・非商用)かという3つの要素に応じて,「自由利用可」「個別判断」「不可」の3つに分かれる。
- 図面3枚/局(指し手順の文字情報は1図につき10手まで。文字情報のみの場合は10手/局まで。)以内であれば,目的・期間を問わず,自由に利用可能
- 図面4枚/局を超える場合で,対局から3か月以内の経過後は非商用*1であれば自由に利用可能で,商用の場合には主催者の個別判断
- 図面4枚/局を超える場合で,対局から3か月が経過する前は利用不可
要は,以下の図のようなことだろう。
少なくとも上手の緑色の範囲であれば,手続不要の安全地帯なので,利用者にとっては安心である。いずれにせよ,対局直後や進行中にYouTubeにて中継したりソフトの解析結果を乗せたりする行為は「利用不可」であるし,一定期間経過後も承諾が下りるとは考えにくい。
王将戦
これに対し,王将戦は,だいぶ厳しい。上記の「棋譜の利用」に当たる行為すべてが申込み,許諾の対象となる。
「棋譜の利用」に当たっては、利用の範囲、形態、期間、商用/非商用にかかわらず、8項に掲載するURLからお申し込みください。内容を確認のうえ、主催者から利用の可否と利用条件(利用料を含む)をお知らせします。
ただし,唯一の安全地帯として「私的利用」があるが,
個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲で棋譜を楽しむ「私的利用」の場合は、主催者の事前の許諾を得ることなく、無料で利用することができます。この場合の利用申し込みは不要です。
これは,単に自分のPC上や盤上で再現したり,知人と研究する際に並べるだけのことを言っているだけで,本来,許諾が必要になろうはずもないことを述べているに過ぎない。なお,SNSへの投稿は「私的利用」には当たらないことが明記されている。
SNSやブログ、動画サイトでの「棋譜の利用」は、次項の「私的利用」にはあたりません。
なので,結局,定義のところで述べたように,棋譜の一部を取り上げてツイートしたり,盤面図のスクショを張り付けたりする行為は,このガイドラインの下では個別的許諾を得なければできない行為になってしまう。
評価
このガイドラインについては,さっそく弁護士ドットコムが,水匠の開発者である杉村弁護士に取材をしている。
その要点は,末尾の以下の発言にあるが,
指し手を記載して感想を述べることなどの表現行為について委縮効果があることは明らかであり、将棋の普及発展を阻害する可能性は否めません。
まったく同意である。
もともと,棋譜利用のガイドラインが設定された目的は,有償で配信している棋譜中継(動画含む)を,ほぼリアルタイムでYouTube等で再現して閲覧数を稼ぐ不埒なユーザがいたことへの対策だったと思われる。であれば,そういった「不適切な利用」を禁止するほか,個別的に許諾が必要になると思われる大量利用,商用利用のみを個別的許諾の対象にすればよかったはず。まさか,SNSでの指し手のつぶやきまでもが対象になるとは思わなかった。
さっそく利用の申込みを行ったツイッターユーザがいるようだが,
棋譜利用料1万5,000円...あわあわ... pic.twitter.com/CaSiBCUrVD
— shinri@四間飛車検討室 (@shogishinri) 2020年12月16日
まだ慣れていないのかもしれないが,かなり硬直的で実際に使わせる気がないというような対応である。
もともと,王将戦は他の棋戦と違ってAbemaTVや,ニコニコでの無料の動画中継がなく,別途「将棋プレミアム」(月額900円)への加入が必要である。そういう意味では,棋譜利用について,クローズ戦略をとっているので,このガイドラインでも厳しい条件を設定していることとも整合する。しかし,一切の利用が個別的承諾を必要とするというような曖昧,不透明なルールでは,許諾コストがかかる上に,ファン離れを促進するとしか思えない。
王将戦については,ファンは,棋士が何を食べたとか,勝者罰ゲームの写真がどう,とかいったことを呟くしかないようである。
*1:商用・非商用についての定義についてはないが,動画配信サイトでの利用は「商用」とみなす,とされている。