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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

川島武宜『日本人の法意識』

ロースクール1年のときに誰かに勧められて本書を一読したがあまり理解もできず興味も持てなかった本をふと思い出して約15年ぶりに読み返した。

新書ですら老眼の進行で読むのはつらいので,Kindleで買いなおしたけれども。

 

日本人の法意識 (岩波新書)

日本人の法意識 (岩波新書)

  • 作者:川島 武宜
  • 発売日: 2019/11/28
  • メディア: Kindle版
 

本書は,昭和40年に行われた市民講座の内容を書き改めたものだということだが,実証的なデータや,川島先生の調査,個人的な体験に基づくエピソードが多数ちりばめられており,比較的読みやすい。

 

今から50年以上も前に書かれたものだから,大日本帝国憲法下の行政事件や,旧民法下での家事事件の様子なども,我々からみたら90年代のような「つい最近」の出来事として描かれている。

 

描かれている具体的エピソードはどれも興味深いが,一番印象的なのは,川島先生自身が調停期日で叱りつけられたという次のようなエピソードである。昭和28年に川島先生が,親族のトラブルのサポートの調停期日に同行し,借主に代わって,賃料は支払われていて債務不履行がないこと,借家法の規定する「正当事由」を貸主が説明していないことを述べたところ,調停委員が大声でどなって「ここは裁判ではなく調停だ,調停で法律がどうだと理屈を言うとは何ごとだ」と叱りつけられたというのである。そして,この件をきっかけに「私をして,調停制度の歴史やそれを支える法意識の探求にむかわせたのであった」とある。

 

ほかにも,契約に関する意識として面白いエピソードがある。大企業同士の契約に関する紛争においても,

わが国の社会一般において契約が結ばれた際、これに基き書面を作成することをさえ嫌う風習があることは、公知の事実に属するところ、……

川島 武宜. 日本人の法意識 (岩波新書) (Kindle の位置No.1362-1364)

 などと判示部分があったりする(東京地判昭32.7.31下民集8-1366)。契約書が取り交わされる場合でも,工期や金額を曖昧にするような書きぶりだったりする。そして,実際に工期の延長や追加代金の支払いについて下記のような「御願書」という卑屈な文書を提出するのが常であったという。

「就きましては御社に於かれても出費御多端の折柄誠に恐縮とは存じますが弊社の苦衷を御賢察の上何卒右増額方特別の御詮議を以つて御高配賜り度く伏して御懇願申上げ ます」。

川島 武宜. 日本人の法意識 (岩波新書) (Kindle の位置No.1511-1512)

本書は,こうしたエピソードを単に並べているだけでなく,そこから法意識の西洋との違いや,明治時代からの変化などを分析しているわけだが,これから50年を経て,現代社会の我々の意識はそこからさらにどう変わってきているのかというのを振り返ってみるきっかけを与えてくれる。

明らかに法律,権利義務や,裁判・調停に対する意識は欧米に近づいて来ているものの,まだまだ日本独自の感覚は残っているし,それが別に遅れているというわけでもないだろう。また,半世紀たつとこれだけ意識が変わるということは,同じ時代に生きている人間の中でも世代間で意識が当然に違うものだということを認識しておかなければならない。