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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

著作物ライセンスの対抗制度の導入?

平成30年の著作権法改正は「日本版フェアユース」の導入ということで,かなり注目がされたが,今年もまた著作権法が改正される動きがある。


その主なトピックは,現在,動画・音楽に限定されていた「ダウンロード違法」の範囲を拡大するというものだが(下記記事参照),そこにひっそりと著作物ライセンスの当然対抗制度も加わる可能性が出てきた。

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詳細は,文化審議会著作権分科会の法制・基本問題小委員会平成30年度第8回(平成30年1月25日)の配布資料2報告書案(以下「報告書案」)の101頁以下に書かれている。

http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoki/h30_08/pdf/r1413427_02.pdf

問題の所在

ライセンス(利用許諾に係る権利)の対抗とは。報告書案103頁の図がわかりやすい。

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つまり,著作権のライセンスを受けていた者は,仮に権利者が著作権を第三者に譲渡してしまったり,破産したりしまった場合には,新たな権利者から権利主張されたり,破産管財人等からライセンス契約が解除されたりするなどの法的に不安定な地位に陥ってしまうという問題をいう。


同じ知的財産権でも,特許権は,かつては登録制度があり,実施許諾権の登録がなされれば,ライセンシ―は第三者に対してその地位を対抗することができた。平成23年の特許法改正によって当然対抗制度が導入され,登録などの対抗要件を具備していなくても当然に対抗できるようになった*1。また,商標権は,登録制度が維持されている。ところが,著作権の場合,そもそも登録などの対抗手段が整備されていないため,ライセンシ―の努力によってリスクを回避することができないという法制度の不備ともいえるような状況にあった。

当然対抗制度の導入

著作物は,権利の発生自体も創作によって自動的に生じるし,映画や音楽,出版物,ソフトウェアなど,多種多様なものが含まれるので,関係者が念頭に置くものも違う。しかし,報告書案を読む限りでは*2,当然対抗制度の導入にはそれほど強い抵抗などがなかったように思われる。


これにより,著作物のライセンシ―は,仮に,ライセンサーが,M&A等によって対象著作物の権利を譲渡されてしまったとしても,利用し続けるということができる地位は保証されることになる。


しかし,特許ライセンスの当然対抗制度の導入時と同様に,サブ論点はいくつかある。例えば,旧ライセンサーとの間で締結されていたライセンス契約上の地位は承継されるのか(ライセンス条件はそっくりそのまま引き継がれるのか)否かといったものである。


この点に関しては,まさに著作物や取引の多様性を考慮して,一律の法制度を定めるのではなく,個々の事案に応じた解釈にゆだねるべきであるとされた。

ソフトウェア業界では

ソフトウェアライセンス,特に使用許諾は,そもそも支分権にかかる権利の許諾なのかという問題は措くとしても,当然対抗制度が導入されれば,とりあえず,ライセンサが事業を譲渡したり倒産・破産したりしても,使用し続けることはできるので,ライセンシーの法的安定性は確保されるといえる。


また,受託開発でよくある

甲は、前項により乙に著作権が留保された著作物につき、本件ソフトウェアを自己利用するために必要な範囲で、複製、翻案することができる

のような既開発部分についての利用許諾も,一種のライセンスだが,ベンダが倒産したりする場合に,継続して使えなくなるというリスクを意識している人は少ない。実際に零細ソフトウェアベンダが事業ごと権利を譲渡したとしても,譲受人から権利行使されるというケースはほとんどないので発現可能性は低いと思われる。ITに関わる法務を10年ほどやって,この種の問題が現に生じたことは2度ほどしかない。法務DDの際に,ライセンシー,ライセンサー双方のリスクとして指摘することはよくあるが。ともあれ,無用なリスクがなくなるのだからライセンシサイドからは歓迎すべきことだといえる。

*1:ちょうどこの当時,特許ライセンスの対抗問題についてライセンシ―の死活問題となる事案を担当していたが,この仕組みが導入されることになってかなり安堵したという経験がある。

*2:詳細な経緯は,ライセンス契約に関するワーキングチームが作られていたので,そこの経緯も参照。 http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/license_working_team/