Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

不正対局問題4(第三者委員会報告書ドラフト版のこと)

前回少しだけ触れた「第三者委報告書のドラフト版が存在」していた問題について。


これについては,次に示すように*1,公開版のほうがドラフト版よりも,「処分はやむを得ないものだった」という方向に作用するものであることから,「連盟がねつ造した!」という声まで挙がった。

(ドラフト版)
守衛室に行って体を休めていた旨を説明した

(公開版)
守衛室に行って体を休めていた等不合理な弁解に終始した


この問題については,本日公開された田丸九段のブログにおいて*2,月例報告会でこんなやり取りがあったことが紹介されている。

最初にA棋士は、「第三者調査委員会の報告書には《ドラフト版》と《公開版》の2種類があり、正式な《公開版》は改竄された疑いがある」と糺しました。一例を挙げると、「疑惑も指摘された」(意見も呈された)、「疑いが確信に近づいた」(疑いを強めた)、「不合理な弁解に終始した」(旨を説明した)など、三浦九段の疑いを強めるような文言があったといいます。※後者の( )内は《ドラフト版》。

《ドラフト版》とは、第三者調査委員会が連盟の常務会に事前に提示した「草案」のようなものだそうです。ところが連盟の職員が誤って公式サイトに載せてしまったのです。何とも間抜けた話です。A棋士の質問に対して、担当理事は「《ドラフト版》は正式なものではなく、連盟が《公開版》に手を加えたことはありません」と答え、改竄したことを否定しました。では、第三者調査委員会が意図的に変えたのでしょうか…?

「何とも間抜けた話」には完全同意。それはさておき,連盟の説明が正しいとすると,少なくとも連盟は,第三者委員会が事前に「草案」を提出したことを認めている。


果たしてこのような運用は適切だったのだろうか。


三者委員会が提出した調査報告書の公開版の本文1頁には次のような記述がある。

当委員会は、調査の中立・公正を期す観点から、2010年7月15日付日本弁護士連合会策定の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン(2010年12月17日改訂)」に可能な限り準拠して組成、運営されたが、本調査が特定の個人に対する不正疑惑についての調査であり、手続きの公平性及びプライバシーに特別の配慮を払う必要があったこと、連盟が棋士の集団からなる自律性の高い組織であること等から、同ガイドラインに完全に準拠したわけではない。

可能な限り準拠したとされるのは,日弁連の第三者委員会ガイドラインである。
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/100715_2.pdf


この中の「独立性,中立性についての指針」では,

三者委員会は、調査報告書提出前に、その全部又は一部を企業等に開示しない。

とされているので(第2.2),事前に常務会に「草案」を出したという点については,このガイドラインに沿った運用とはいえない。この点については,前提事実の誤り等の確認をするために,第三者委員会がドラフトを提示することも認められるのではないかと考えられる。しかし,このガイドラインの解説本*3では,そのような目的があったとしても,報告書そのもののを開示することは好ましくないとされている*4


この報告書では,「可能な限り準拠」とあるので,この部分は準拠していないとみることもできるが,どの部分を準拠しなかったのかがはっきりしないので,この点を取り上げて,第三者委員会の取扱いが不適切であったということもできない。


とはいえ,ドラフト版,公開版の問題は,三浦九段の件の一連の問題からみれば,実に些細なことで,「一手バッタリ」というようなものではない。むしろ,三浦九段への補償,地位や名誉の回復が早期に行われることを期待したい。

*1:引用個所は,http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1701/18/news067.html を参考にした。

*2:http://tamarunoboru.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/23-0cba.html

*3:https://www.amazon.co.jp/dp/478571848X/ ただし,本エントリ作成中には手元にないため,記憶の限り。

*4:個人的には,報告書を提出した後に「前提が違う」と指摘されて評価や意見の価値が下がってしまったのでは意味がないので,前提事実や記載の粒度については事前に確認を求めることも許されると考えている。さらには,報告書記載の内容が,特定の個人に対する責任追及など,別の紛争を生むこともあるため,記載の範囲や評価部分の表現方法についても企業等に事前確認したほうがよい場面もあるのではないかと思う。