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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

不正対局問題3

三者委員会の報告書(概要版)が1月13日に公表された。


報告書はこちらからダウンロードできる。

https://www.shogi.or.jp/news/2017/01/post_1496.html


そもそも,このエントリのタイトルは,「不正対局問題」や「スマホ不正利用疑惑」などではなく,「濡れ衣処分問題」「不当処分問題」などとすべきかもしれない。そう思わせるような内容だった。


この報告書の内容もさることながら,公表後に,ドラフト版もネットから閲覧可能な状態になっていたことや*1,谷川会長の辞任が発表されたりするなど*2,相変わらず混乱が続いている。谷川会長の辞任は残念というほかないが,外部理事の積極登用も含めた体制の拡充を期待したい。今のところ,佐藤康光棋士会長が会長になるという線が有力のようだ。しかし,言うまでもなく佐藤九段はトップ棋士の一人だし,対局と運営の二足の草鞋が容易ではないことは谷川会長が示したばかり。ましてやこの逆境の中での負担は相当なものになるだろうから,できれば運営に専念できる立場の方が周りを固めるなどしてもらいたいところ。


さて報告書。調査の対象は,(1)三浦九段の4対局で不正が行われたか,(2)三浦九段の処分の妥当性である。


おそらく連盟は調査の品質や労力に見合った報酬を支払えなかったのではないか(委員らが安く引き受けざるを得なかった)と推察するが,それでも報告書を見る限り,かなりの労力が注がれたことがうかがえる。


結果は,すでに各種のメディアで報道されているとおり。(1)については,不正行為に及んだことの根拠はないとされた。刑事事件でいえば,明確に犯罪不成立,無罪であるし,組織内の処分の有効性が問われた場合であれば(典型的には従業員に対する懲戒処分),処分の有効性が否定されるべき事案であったといえる。


不正の根拠とされた数々の事象は,明確に否定された。疑惑の久保戦における「30分間離席」は,単なる勘違いであったし,また,数々の指し手,あるいは感想戦における発言についても「不正行為を行っていることの証左となるという趣旨の指摘」があったとしつつも「ヒアリング対象者となったプロ棋士の多くは,大要,三浦棋士レベルのプロ棋士であれば指すことができない手はないという見解を示している」などとして,こうした指し手が不正行為の根拠とならないとした。一致率(あるいは悪手率が低いこと)などというものもまったく不正行為の根拠にならないということが明言された。さらには,スマホ,PCをかなり広範に解析した結果を見ても,それが実現可能な環境が整っていなかったり*3,問題となった対局の行われた時間帯に起動された形跡すらないということであった。


繰り返しになるが,ここまで明確に不正の根拠とされたものが否定された以上,処分は取り消されるべきものだったといえる。しかし,委員会は,調査事項(2)について,連盟の目的達成のためには,必ずしも(処分対象者に)帰責性がない,あるいは高い帰責性が認められない場合であっても,重大な支障をきたす事象を防ぐために特定の棋士に対し,一定の規律を及ぼすべき場合がありうるとした上で,竜王戦第1局が目前に迫っており,不正が行われた疑いが強かったという状況の中では,「本件処分当時,連盟が本件処分を行う高い必要性・緊急性があったことは明らかといえる」とした。さらには,12月31日までの出場停止処分について,他に採りうる現実的な選択肢がほぼなかったとして,「期間及び内容ともに相当な判断であった」とした。


なお,報道などで出てくる「処分は妥当だった」という点については,正確ではない。あくまで,委員会は「許容される範囲内の措置であり,やむを得ないもの」「効力を否定するものとまではいえない」としているのであって,積極的なお墨付きを与えたというわけではないだろう。


この評価については,賛否両論ある。どちらかというと「否」が多いのは,ここまで明確に不正を否定しておきながら,処分の効力を否定しなかったという理解しにくい結論だったからだろう。行政法の分野では,「処分は違法だったが,これを取り消すと公益を著しく害するから,(取消訴訟の)請求を棄却する」という「事情判決」と呼ばれる規定がある*4。今回の委員会の調査結果も,処分を違法だとしたいが,そうすると,その間に積み重ねられた対局(特に竜王戦七番勝負)の扱いに頭を悩ませて,上記のような結論にとどめたのかもしれない。


報告書では,三浦九段に対する正当な待遇も提言している。金銭的な補償についてはまだ明らかではないが,少なくとも,来期A級11位(張り出しの位置),竜王戦1組1回戦から登場,というだけでは,不利益を固定化しただけに過ぎず,正当な処遇とは到底言えないだろう。


三者委員会の調査報告には法的拘束力はないし,処分についても取り消されるべきであるとされたわけではないが,今期の竜王戦七番勝負は,前提において瑕疵ある勝負だったことは間違いない。対局自体の価値は否定されないとしても,その勝者が「取材に応じたことで迷惑をかけた」の一言のお詫びだけで竜王に就位し,賞金を得てしまうことについては強い疑問を抱かざるを得ない。(他人に焚きつけられてしまったとはいえ)問題のある処分の端緒となる申告をしてしまったのだから。

*1:http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1701/18/news067.html

*2:https://www.shogi.or.jp/news/2017/01/post_1498.html

*3:遠隔操作可能なアプリがインストールされていなかったなど

*4:これが選挙訴訟に転用され,それが「定数不均衡は違憲だが,選挙は有効」とする事情判決の法理」として有名になっている。