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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

個人情報・パーソナルデータに関すること(20)JR東日本,有識者会議「とりまとめ」雑感

昨日から,JR東日本が「Suica」利用データの社外への提供について提供していた有識者会議の「とりまとめ」*1が話題となっている。


今さら説明する必要もないSuica事件だが,これが問題となったのは2年半近く前の2013年7月。ちょうどパーソナルデータに関する検討会が開催される時期で,今年9月に成立した個人情報保護法の改正にも大きな影響を与えた。


つい先日も,某誌にデータ流通に関する論考を書いた際(本日時点で未刊行かな),Suica事件について言及し,そういえば中間とりまとめ(2014年2月)*2以降,最終報告が出ていないなあと考えていたところだった。


中間とりまとめから1年8か月後に出た「とりまとめ」だが,それだけ時間があいた理由は,中間とりまとめでは個人情報保護法の改正動向に注視すべきという提言をし,このたび改正法が成立したから,ということらしい。


なお,今回のとりまとめを行った有識者会議の座長は堀部政男先生だが,堀部先生は特定個人情報保護委員会の委員長に就任したことから,中間とりまとめの時点ですでに座長の地位にはない。今回のとりまとめは座長代理の高芝利仁弁護士ほか2名の手によるものと考えられる。


この「とりまとめ」は全部で13頁。4頁までは構成員とか会議の開催状況などの話だけ。5頁から8頁までは,個人情報保護法の改正経緯と改正内容の解説となっている。「とりまとめ」の3割が改正法の解説。


で,解説はいいとしても,その結果,2013年に行われたSuicaデータの提供行為は,法改正の前後でどのように評価が変わるのか,あるいは,どのような措置を施せば「匿名加工情報」の提供として適法化されるのか,といった分析が「まったく」ない。


9頁から11頁は,「3.2 公益利用を目的とした社内活用の検討」と題し,なぜか突然,Suicaデータの分析を行った結果,目黒駅における他線乗換動線が改善された,という話が出てくる*3。その結果,「ビッグデータを活用することで生み出される価値が社会 から理解される取組の一つと思料する。」(11頁)と評価している。


うーむ。


そもそも,自らが取得したSuicaデータを統計情報にし,分析した結果を自らの業務に生かすということは,

なお、この Suica データの活用に当たっては、特定の個人を識別できるデータではなく、 統計処理した分析結果に基づいており、利用者のプライバシーには配慮したものである。

と書いてあるように(11頁),現行法でも何ら問題ない行為であって,なぜ「とりまとめ」で議論されるのかがわからない。


締めくくりも,

このような取組については、社内利用にとどまらず、自治体などへ公共性の高い統計情報を提供すること等も積極的に検討することが望まれる。

というくらいで,むしろ批判を浴びて過度に慎重になって,ビッグデータを用いたイノベーションからは大きく後退しているのではないかと思われる。さらには,このJR東日本の「とりまとめ」を参考にした企業が,「これくらい慎重にやってこの程度のことしかできないのか・・」とさらなる萎縮効果が生じるのではないかという懸念も生じるところである。


繰り返しになるが,改正法の成立を待ってとりまとめた,ということを謳うからには,改正法施行後に同じことをやったらどう評価されるのか,「匿名加工情報」に加工したデータを提供することで再出発するのかなど,時機に即した報告を期待しただけに残念な「とりまとめ」だというほかない。

*1:発表は11月26日で,報告書の日付は10月となっている。http://www.jreast.co.jp/information/aas/20151126_torimatome.pdf

*2:http://www.jreast.co.jp/chukantorimatome/20140320.pdf

*3:ちなみに,3.2項は,そのサブセクションとして,「3.2.1 目黒駅における他線乗換動線の改善」はあるのだけれど,3.2.2以降はない。ほかの事例を紹介しようとして,何らかの理由で削除してしまったのかもしれないが,報告書の構成としてはダサいと言われても仕方ない。