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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

映像センサー使用大規模実証実験検討委員会報告書

NICTが行った大阪駅ビルで行われたビデオカメラによる一般通行人の撮影実験に関する調査委員会の報告書(平成26年10月20日付け)を読んだ。


これは,NICT独立行政法人 情報通信研究機構)が平成25年11月25日に「大規模複合施設におけるICT技術の利用実証実験を大阪ステーションシティで実施」というプレスリリースをしたところ*1,かなりの反響があり,一般紙でも大きく報道され,中止を求める要望などが上がった。


これらの経緯を踏まえて,NICTは,平成26年4月に検討委員会を設置し,まとめられたのがこの報告書である。


「映像センサー使用大規模実証実験検討委員会 調査報告書」
http://www.nict.go.jp/nrh/iinkai/report.pdf


個別に対象となる人物の承諾を得ないで撮影を行ってデータ取得,利用,提供をしようとする研究,事業を行おうとする人には必読の報告書。なんといっても,メンバー(敬称略)が,

  • 石井 夏生利
  • 菊池 浩明(委員長)
  • 小林 正啓
  • 鈴木 正朝
  • 高木 浩光


の5名で,この分野を検討,評価するのに一線級の論客,先生方で,プライバシー・個人情報分野の最高裁判決が出たレベルといってもよい(笑)。とりあえず肩書の立派な人をそろえた第三者委員会とは訳が違う。NICTは,敢えてこの種の利用に慎重なメンバーをそろえていることから,本気さを感じた。


この報告書は,委員会の紹介(第1),問題の所在(第2)に続いて,実験の概要を説明している(第3)。分析は第4以降で,法的側面,技術的側面,レピュテーションリスクの観点という3つの観点から行っている。


法的側面で問題となるのは,肖像権・プライバシー権侵害という民法上の違法性の問題と,独立行政法人個人情報保護法の問題である。後者については,一般民間事業者が対象となる個人情報保護法の独法版である。


肖像権の観点からは,各種裁判例を紹介したうえで,撮影場所が公的な場所であること,映像情報が保存されるのは1画像あたり10秒以内であり,ごく短時間であること等から,肖像権の侵害はない,あるいは社会生活上容認されるべき範囲内にあるとしている。なお,画像から抽出された特徴量情報についてはプライバシー権の問題であるという整理がなされている。


特徴量情報*2や移動経路情報については,「これをみだりに取得されない自由は,プライバシー権によって保護される法的利益」にあたるものだとしつつも,正当な研究目的に基づくものであり,特徴量情報も撮影当日には消去されていること,十分な情報管理体制が敷かれていることなどから,一般利用者が被るプライバシー権の侵害を最小限度にとどめられているとして許容範囲内だとしている。


独法個人情報保護法との関係は,まず,取得,生成される各種の情報が「個人情報」に該当するかどうか,という入り口レベルで丁寧に検討されている。ここは,個人情報保護法の理解が相当程度ないと,理解するのは難しいと思われるが,「映像情報」「特徴量情報」「移動経路情報」「統計情報」について,取得,生成,消去されるタイミングを分析しつつ,照合可能性なども考慮して該当性が論じられている。この点は,映像事業だけでなく,履歴などを利用したあらゆるビッグデータ,パーソナルデータ利用にかかわる人にとって参考になると思われる。なお,「映像情報」「特徴量情報」及び「移動経路情報」は(消去前は)個人情報に該当するとされた。


各種義務規定との関係では,「適正な取得」(5条)との関係で,本実証実験に使用するカメラについて,カメラの存在と稼働の有無を利用者に一目瞭然にすることを求めつつも,原則として違法ではないとの結論に至った。


そのうえで,「信頼を得るため」の提言として,「実験手順や実施状況等を定期的に確認し,公表すること」「個人識別のリスクを市民に対して事前に説明すること(プライバシーポリシーの公開等)」「撮影を回避する手段を設けること」等がなされた。


この結論だけを見て,「公道で撮影した情報を分析,提供してもよいのか」と判断するのは早計だ。NICTの実験は,実験目的に必要な情報取得,生成に最低限度に絞っていたことや,適切な配慮がなされていたからである。この種の実験,事業の違法・適法ラインがどこに引かれるのかは,いまだ明確にあるわけではないが,少なくともこの報告書から見えてくることはたくさんあると思う。

*1:http://www.nict.go.jp/press/2013/11/25-1.html

*2:映像情報を解析して生成する情報で,一般に顔の特徴量といえば,目,鼻の形状,位置関係,色,濃淡などを数値化したものをいう。