Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

奨励会試験(下)

試験2日目。1日目で1勝2敗だったので,1次試験を通過するには3連勝するしかない状態に追い込まれている。


奨励会試験のシステムとして,原則として同じ勝敗の者同士を対局させることになっているようだ。つまり,1勝2敗の長男は1勝2敗の相手と指すことになる。だから相手も後がない。仮に勝てば,次は2勝2敗同士でぶつかる。その日はずっと,「後がない」者同士で対局することになるはずである。


3敗した時点で失格なので,1局目で終わるかもしれない。


「こういう緊張感の中で指せるのは貴重な経験だから,できるだけ1局でも,1手でも長く指せるように,最後まであきらめないように。」「自分も緊張するけど,それは相手も同じ。3連勝してるような強敵とは当たらないから安心しろ」とだけ伝えて,その日も将棋会館まで連れて行ったあとは事務所に向かった。


対局開始は9時のはずだから,1局目で負ければ11時前後には電話がかかってくるはずだ。1日目と違って,2日目は仕事が手につかなくなる。電話がかかるということは,もう終了したということの知らせのはずだから,メールなどでiPhoneがブルっとなるとドキっとなる。


その日は,午後から出張が入っていて,13時半には新幹線に乗っていた。電話は常にすぐに取れるようにしていたが,新幹線の中でも15時ころまでは電話が鳴らなかった。何とか3局目までは辿りつけたのではないか・・と期待したが,電波状態が悪くて取り損なったかな,などと考えていた。


ローカル私鉄に乗り換えて目的地に着いた16時過ぎになっても電話が鳴らなかった。1日目は15時半には3局終えていたはずだから,遅い。裁判所でのやり取りは若干,集中力を欠いたが,終わって,またローカル私鉄に乗ったのが17時半。まだ電話が鳴らない。


前から,「連絡しろ」と伝えても「忘れてた」とか「つながらなかった」などといってマメに連絡するタイプではない。ひょっとしたら早々に負けて,連絡する気力も失せて一人でどこかを彷徨っているのではないか,などと悪いことを想像するようになった。18時ころになって,さすがに心配になったので,連盟に電話しようか,と考えるようになった。対局中の可能性がゼロではないから,こちらから息子の電話にかけるのは躊躇われた。


そしてまさに帰りの新幹線に乗ろうとした18時40分ころに電話がかかってきた。


「・・3連勝だった」
『ホントか!?』
「・・ウン」
『遅い!』
「でも,今終わったところ」
『ずいぶんと長かったな』
「1局目が4時間かかった」
『指し直しか』
千日手で」
『よかった,よかった。気を付けて帰って。先生にも報告するように』
「ウン」
『まだ明日があるから』
「わかってる」


などとわずか1分くらいの会話。


この日,早い子は午前中に1次試験通過を決めて,その後も次々と通過者が決まっていった。同門のY君も通過した。長男の1局目の相手は,3年前に奨励会に入ったものの,いったん退会した後に再チャレンジしていた少年だった。4級受験なので,香落ち。香落ちのハンデをもらえるとはいえ,その差はほとんどない。ずっと悪いまま,もう負けを覚悟した終盤戦に,ギリギリに千日手に逃げ込んで命拾い。ここまで,2時間半。再度,持ち時間30分で指し直しして,それが1時間半かかり合計4時間の闘いを制した。


2局目は東海地方の中学生。むずかしい状況が続いたがなんとか勝利。3局目を指すころ(上述のように1局余分に指しているので)にはもうすべての受験生は敗退か通過が決まっていて,3局目の相手(中学生?)は気の毒なことにずいぶん待たされていたと思う。その影響もあったのかどうかわからないが,ギリギリのところで勝利し,最後の切符を手に入れられたのは幸運としかいいようがない。


一次予選最後の対局なので,終わったときにはもう誰も残っておらず,みんな帰ってしまっていたようだ。


上下の2回に分けて書くつもりが,上中下の3回に分けて書くことになり,結局,3回でも終わらなかったので,続く。