Footprints

弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

奨励会試験(上)

(やや突っ込んだ話)

長男に将棋を教えたのが2008年の正月。2007年のクリスマスにサンタクロースが盤駒を届けてくれたのがきっかけで,当時,修習生だった私は,比較的余裕があったので,暇つぶしに将棋でもやってみようということになった。当時の長男は5歳(年中)。


思った以上に長男がのめり込み,近所の名伯楽(宮田利男七段)に出会い,グングンと強くなっていった。強くなる様子が目に見えてわかったので,私も面白くなって,自分自身も指す,観る,学ぶ将棋に夢中になった。


必然的に長男は将棋を指すことを生業とする「プロ棋士」というものがあることを知る。すべての野球少年がプロ野球選手を目指すように,その年の七夕には「めいじんになる」と短冊に書くようになった。


もともとは法律の勉強の息抜きに始めたこのブログだったが,いつの間にか将棋ネタの割合が増え始めた。ふと検索してみると,たくさん見つかった「将棋キッズの親ブログ」。それらのリンクを集めたブログまでも見つかった。自分の子の3年,5年上の少年たちが,どこで腕を磨いているか,シーズンごとにどんな大会があるのか,強豪と呼ばれる子は何歳でどれくらいの棋力に達するのか・・などという情報を仕入れるようになった。


その一方で,親はプロ棋士になるためのプロセスが気になり始める。そもそも羽生さんは,どうやって将棋のプロになったんだろうか。奨励会三段リーグ,年齢制限・・。入ってくる情報にはネガティブなものも多い。何せ,年間4人しかプロ棋士になれないという狭き門。他方で,道場や大会に行けば,アリのように集まってくる子供たち。将棋という文化が20年,30年で消滅することはないと断言できるが,将棋を指すことを生業とすることができる世界が20年後,30年後も存在し続けるのか。


ときどき先生に「辞めさせるのは今のうちですよ。そのうち親が止められなくなりますよ。」と言われるようになった。その言葉の意味はよくわからなかった。が,最近少しわかるようになってきた。


一芸に秀でた子どもの親に対するインタビューにおいて,「子どもが夢中になるから,やりたいだけやらせようと思います。できる範囲でサポートします。」というのが「冷静に見守る親」の模範解答の一つだろう。将棋においても,そういう回答を何度か見聞きした。仮に私が同じ質問を受けても同じ答えをしてきただろう。


この答えは親としてすごくよくわかるし,おそらく本心だろう。小学生のころに,何か一つのことに夢中になることは素晴らしいと思う一方で,この熱狂はいつまで続くのか,そもそもこいつに素質はあるのか,いろいろな可能性を残してやることも親としての役割ではないか・・という不安や迷いも生じているのではないか。


しかし,こうした心配はしても無駄なのである。子どもが夢中になればなるほど,「5年生になったら中学受験の準備をするから道場は週1回だけね」「おまえには素質がなさそうだから,アマとして楽しむ方向に切り替えたらどうか」などと軌道修正することは不可能になるからだ。


だから,正しくは「子どもが夢中になるから,もう気の済むまでやらせるしかありません。辞めろと言っても無駄ですし,辞めさせることが正しいことかもわかりません。でもトコトン付き合う覚悟ができているのかどうかもわかりません。」かもしれない。


とても勝手な想像だけれど,奨励会に入った子たち,あるいは奨励会受験をするほどの力をつけた子たちの親御さんは,みんな似たような迷い,不安,疑問を抱いたのではないだろうか。


このような迷い,不安は,「こんどの夏は奨励会を受けたい」と具体的時期を指定して言われるようになると増幅する。そのころになると,ここ数年に奨励会に入った子たちの顔や名前がわかるようになっていて身近な存在となり,子どもの要望がファンタジーのレベルでもなかったりすると,「やめとけ」の一言では片づけられなくなる。「やっぱり,そうくるか」となる。いくらその先続く厳しい世界や不確実性を説いても,自分の体験談でもないし,少年には通じない。


そうして迎えた2013年の夏。