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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

民法(債権法)改正中間試案とシステム開発契約(2)

パブコメ手続中である民法(債権法)の改正に関して,システム開発契約への影響,関連について順次コメントしています。第2回。


第1回はこちら
http://d.hatena.ne.jp/redips/20130503/1367564155

契約の解除(第11)

契約解除に関する規定(現541条関係)は次のようになっています。

第11 契約の解除
債務不履行による契約の解除の要件(民法第541条ほか関係)
民法第541条から第543条までの規律を次のように改めるものとする。
(1) 当事者の一方がその債務を履行しない場合において,相手方が相当の期間を定めて履行の催告をし,その期間内に履行がないときは,相手方は,契約の解除をすることができるものとする。ただし,その期間が経過した時の不履行が契約をした目的の達成を妨げるものでないときは,この限りでないものとする。
(2)以下略


これは,契約違反があっても,「契約をした目的の達成を妨げるものではないとき」つまり軽微な違反については,解除できないという判例法理を明文化したものです。システム開発契約の場合,成果物の納品義務のほか,多様な附随的義務を定められます。例えば,「再委託の際は注文者に事前承諾をえること」「責任者が交替するときは事前通知すること」などといった義務違反の際に解除することは(契約の性質にもよりますが)難しいといえるでしょう。


ここで問題となるのは,「債務者の責めに帰することのできない事由」による債務不履行の場合であっても,契約が解除できるかという点です。上記(1)(2)でも,債務者に帰責性がない場合は解除できない,という阻却要件は定めていません。そうすると,例えばユーザによる仕様確定の遅延や変更によって,納期に間に合わなくなったというケースで,ベンダとしては責任がないという場合でも,契約を解除できてしまうおそれが出てきます*1(その場合でも,ベンダが損害賠償責任を負わないのは第10で述べたとおり。)。学説上,契約の債務不履行解除には,債務者の帰責性を要しないという説が有力ですが,それを明らかにしようというものです。ただし,この点は,まだ確定しておらず,帰責性を必要とするという見解も注釈に挙げられています。

2 複数契約の解除
同一の当事者間で締結された複数の契約につき,それらの契約の内容が相互に密接に関連付けられている場合において,そのうち一の契約に債務不履行による解除の原因があり,これによって複数の契約をした目的が全体として達成できないときは,相手方は,当該複数の契約の全てを解除することができるものとする。


これは新しい規定です。有名なリゾートマンションとスポーツクラブに関する判例最判平8.11.12)を一般化しようというものですが,この定め方ではかなり射程が広く感じます。特に,ウォーターフォールシステム開発契約の場合,領域別,時間軸別に多数の契約が締結されますが,これらの契約は,「相互に密接に関連付けられている」といえそうです。その場合に,一つの契約に解除原因が生じ,全体のシステム開発ができない,という場合には,「当該複数の契約の全て」を解除できることになってしまいます。


この規定は,発注者であるユーザからみれば歓迎すべきものかもしれませんが,ベンダから見れば,全体像が見えないうちは契約を細切れにして,リスクを抑えるという戦術が通用しなくなるおそれがあります。

危険負担(第12)

第12 危険負担
2 債権者の責めに帰すべき事由による不履行の場合の解除権の制限(民法第536条第2項関係)
(1) 債務者がその債務を履行しない場合において,その不履行が契約の趣旨に照らして債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは,債権者は,契約の解除をすることができないものとする。
(2) 上記(1)により債権者が契約の解除をすることができない場合には,債務者は,履行請求権の限界事由があることにより自己の債務を免れるときであっても,反対給付の請求をすることができるものとする。この場合において,債務者は,自己の債務を免れたことにより利益を得たときは,それを債権者に償還しなければならないものとする。


もともと危険負担の規定は,条文に合理性を欠くといわれていて,適用範囲が限定されていた分野ですが,今回の改正案では解除のルールとの統合が図られています。第11の解除では,債務不履行に債務者の帰責性がなくとも解除できることになっていたところ,ここでは,「不履行が契約の趣旨に照らして債権者の責めに帰すべき事由によるものであるとき」には,解除ができないこととなっています。つまり,第11で掲げた例の「ユーザの仕様確定が遅れたために,ベンダが納期までに成果物を納入できなかった」という場合には,ユーザから契約解除できない,ということになりそうです。


しかし,システム開発の場合,ユーザ,ベンダの共同作業の側面があるため,どちらかが一方的に悪い,ということはむしろ稀です。ここでも「契約の趣旨に照らして」という表現がありますが*2,結局,ユーザ・ベンダのそれぞれが自らの役割分担を果たしたかどうかで,契約解除の可否あるいは損害賠償責任の有無が変わってくることになり,問題の状況は,現在とそれほど変わらないように思います。


(2)は,現536条2項を維持するものですが,システム開発の例に沿っていえば,ユーザの責任で成果物を納入できない場合でも,ベンダは,報酬請求(反対給付)請求ができるが,中断時以降の作業を免れることによって利益を得たとき(すなわち,工数負担がなくなった場合など)は,ユーザに償還(減額,あるいは受領済の場合は一部返金)するというものです。

*1:ただし,債権者側(ユーザ)に責任があるときについては,危険負担(第12)で手当てしてあります。後述。

*2:この文言の問題点については,川井信之先生のブログ(現在進行中)が非常に参考になります。http://blog.livedoor.jp/kawailawjapan/archives/6521417.html