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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

民法(債権法)改正中間試案とシステム開発契約(1)

現在(平成25年5月3日時点),パブコメ手続中である民法(債権法)の改正に関して,システム開発契約への影響,関連について順次コメントしていくこととします。


全体的には,システム開発取引に大きな影響のある変更はあまりないと考えています。しかし,システム開発取引以外の事例における判例の法理が一般化・明文化されるなどしたことにより,ところどころ影響がありそうです。

民法(債権法)改正とシステム開発取引への影響

根強い反対がある債権法の大改正ですが,現在は2度目のパブコメ手続中でもあるし,中間試案の内容どおりではないかもしれないものの,ここまでくれば平成28年から30年くらいまでの間には改正されるのではないかと思います。


システム開発取引は,従来の受託型(開発委託→納品)の取引から,少しずつASPクラウド)型(プロバイダのサービス利用)の取引へと変わりつつあります。もっとも,企業の基幹系システムや,あるいはフロント系・ウェブ系システムであっても,外部に委託して成果物を納入してもらうという取引は今後も一定量は残るでしょう。


こうしたシステム開発委託契約は,一般に,民法の定める典型契約の請負契約あるいは準委任契約*1に準ずると考えられてきました。請負契約や準委任契約の要素を含みつつも,典型契約に分類できない非典型契約だ,とする見解もありますが*2,この際,そういった理論的な問題は措くとしても,契約の解釈においては,デフォルトルールである民法の解釈論が大きく影響しますので,民法(債権法)が改正されれば,システム開発取引にも影響がないとはいえないでしょう。


今回の改正は多岐にわたります。システム開発取引に影響するところでは,契約各論の「請負契約」「委任契約」の部分だけに限らず,契約全般に適用される「契約総論」のほか,債権債務全般に適用される「債権総論」(債務不履行や損害賠償等)も関わってきます。以下では,「民法(債権法)の改正に関する中間試案」の中から,システム開発取引に影響しそうな箇所を取り上げてみます。

債務不履行による損害賠償(第10)

債務不履行による損害賠償に関する規定(現415条関連)では,次のようになっています。

第10 債務不履行による損害賠償
債務不履行による損害賠償とその免責事由(民法第415条前段関係)
民法第415条前段の規律を次のように改めるものとする。
(1) 債務者がその債務の履行をしないときは,債権者は,債務者に対し,その不履行によって生じた損害の賠償を請求することができるものとする。
(2) 契約による債務の不履行が,当該契約の趣旨に照らして債務者の責めに帰することのできない事由によるものであるときは,債務者は,その不履行によって生じた損害を賠償する責任を負わないものとする。
(3) (略)


ポイントは(2)で,債務の不履行(典型的には納期の遅延)が,債務者(ベンダ)の責めに帰することのできない事由によるものであるとき(例えば,ユーザによる仕様確定の遅れや変更等)は,ベンダは,遅れによってユーザに生じた損害を賠償しなくてもよい,ということになっています。


この点は,特にこれまでの民法の解釈学,判例を変えるものではないのですが,債務者に帰責性がなければ,賠償責任も免れるということを明らかにしたものです。ただし,(2)には「契約の趣旨に照らして」という表現があるところが気になります*3。契約の趣旨とは,契約の性質,目的,締結の経緯によって定まるとありますが(第8の1(1)),契約書の文言以外の要素を考慮することになり,何を以って「債務者の責めに帰することのできない」と判断するかは,非常に難しくなるように思います。


ベンダの立場で見てみると,スルガ銀行vs日本IBM地裁判決*4で問題となった「プロジェクトマネジメント責任」の内容を明らかにし,それを適時適切に履行したということが証明できれば,損害を負わない,と考えられるでしょう。

3 債務の履行に代わる損害賠償の要件(民法第415条後段関係)
民法第415条後段の規律を次のように改めるものとする。
(1) (略)
(2) 債務者がその債務の履行をする意思がない旨を表示したことその他の事由により,債務者が履行をする見込みがないことが明白であるときも,上記(1)と同様とするものとする。
(3) (略)


ある債務が履行不能になった場合に,填補賠償請求できるかという点については,これまで明文規定はなかったものの,問題なくできると考えられていた解釈を明文化したものです。例えば,ベンダが開発作業を事実上放棄してしまって,期限までに作業継続される見込みがなくなった場合には,契約解除をしなくとも,損害賠償請求できることになります。

6 契約による債務の不履行における損害賠償の範囲(民法第416条関係)
民法第416条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 契約による債務の不履行に対する損害賠償の請求は,当該不履行によって生じた損害のうち,次に掲げるものの賠償をさせることをその目的とするものとする。
ア 通常生ずべき損害
イ その他,当該不履行の時に,当該不履行から生ずべき結果として債務者が予見し,又は契約の趣旨に照らして予見すべきであった損害
(2) (略)


損害賠償の範囲はしばしば問題になりますが,従来の民法416条の規定を多少具体化・明確化しています。特に(1)イが変更点になりますが,ここでも「契約の趣旨に照らして」予見すべきであったもの,とはどうなのかが明らかではなく,引き続き争われやすいポイントとして残るでしょう。「予見」の主体と基準時は,判例法理と同様に,「債務者」と「債務不履行時」であることが明示されています。

10 賠償額の予定(民法第420条関係)
(1) 民法第420条第1項後段を削除するものとする。
(2) 賠償額の予定をした場合において,予定した賠償額が,債権者に現に生じた損害の額,当事者が賠償額の予定をした目的その他の事情に照らして著しく過大であるときは,債権者は,相当な部分を超える部分につき,債務者にその履行を請求することができないものとする。


履行を担保するために,納期遅延の際のペナルティを定めることがあります(例えば,1日遅れるごとに開発委託量の0.1%を減ずる,など。)。こうした賠償額の予定条項について,予定賠償額が,現実の損害等に照らして著しく課題であるときは,請求できないとする条項が定められています。もともと,そのような暴利的な規定は,公序良俗違反(現90条)として無効になると考えられていましたので,それが明文化されました。


以上の点から,債務不履行による損害賠償については,これまでの判例・通説の規範が明文化されたということで,大きな影響はないと思われます。もっとも「契約の趣旨に照らし」という表現により,多様な事情が考慮されることになると,紛争発生時の審理が複雑になるという懸念があります。


(つづく)

*1:法律行為以外の事務処理を委託する契約を準委任契約といい,委任契約に関する規定が適用される。

*2:芦野訓和「ソフトウェア開発委託契約」(椿寿夫ら編「非典型契約の総合的検討」別冊NBL No.142の166頁)を参照。

*3:この点は,川井信之先生のブログでもですが,指摘があります(まだ前編)。http://blog.livedoor.jp/kawailawjapan/archives/6474693.html 

*4:http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20120523/1337775069 参照。ただし,本件は不法行為に基づく損害賠償として取り扱った。また,東京地裁平成16年3月10日判決(http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20120210/1328884424)も参照。