本日,SOFTIC特許セミナー2011に出席してきた。
平成23年特許法改正の内容について,網羅的な説明があること(第1部)と,改正の目玉である当然対抗制度についてのディスカッション(第2部)があるということで,特に第2部に期待して出席。
第2部の飯田弁護士*1のレジュメが,かなりこってりとまとまっていて,参考になる。
ざっと,問題の所在を簡単に振り返ると,これまで,特許の通常実施権については,登録することによって,第三者に対抗できるとされていたため,仮に特許権者が,特許を譲渡した場合,単にライセンス契約を締結しただけで,登録していなければ,そのライセンシーは,特許の譲受人から特許権の行使(差止請求,損害賠償請求等)をされてしまう地位にあった。同じく,特許権者が破産した場合,通常実施権を登録していないと,破産管財人からライセンス契約を解除される地位にあった。
ところが,現実は,世にある通常実施権設定のうち,登録されているのは1%程度だとされており*2,2010年の通常実施権登録件数は約500件にとどまっていた。
諸外国との比較においても,登録対抗制度を採用している国はほとんどなく,「ハーモナイゼーション」の観点や,オープンイノベーションの観点から,当然対抗制度へ変更するということが,今回の特許法改正によって行われた。
ただ,法律上は,通常実施権が第三者に対抗できるというだけで,すなわち,特許権の譲受人から,差止請求などを受けなくて済む,というところにとどまる。実務的には,ライセンシーは,ロイヤルティ(実施料)を誰に支払えばよいのか,さらには,ライセンス契約の相手方は,特許権の譲渡とともに,旧特許権者から,譲受人へと移転してしまうのか,といった問題が生ずる。立法時にも,その点は「個々の事案に応じて判断されることが望ましい」とされるにとどまり*3,具体的な手当はされていない。
この論点については,大きく二つの説に分かれる。
まず,民法系学者を中心とする「当然承継説」。ライセンス契約を,賃貸借契約とのアナロジーで捉えて,不動産の所有者が変更されれば,当該不動産に関する賃貸借契約の貸主としての地位も,新所有者に移転するという考え方を当てはめている。
一方で,知財系学者や,実務家に多いとされる「対抗力説」。賃貸借の場合において当然承継されるという考え方は,借主の義務が,目的物を使用収益させておくという消極的・没個性的な義務に過ぎないことや,当然承継することが当事者の意思に合致することに基づいているが,ライセンス契約におけるライセンサの義務は多岐にわたり,積極的な義務(資材提供やノウハウ供与等)を含み,個性的であることなどから,賃貸借とのアナロジーは適切ではない,というものである。
こうして並べてみると,パッと見は対抗力説のほうが説得力があるのだが,これを純粋に貫くと,特許権が譲渡されても,ライセンス契約上の地位は移転しないから,ライセンシは旧特許権者に対してロイヤルティを支払うことになり,結論として落ち着きどころが悪い部分もある。
この2つの考え方の違いは,上記のロイヤルティの支払先のほかに,
- ライセンス契約において最高実施数量(実施数量制限)が定められていた場合,ライセンシーは,譲受人に対しても同一の制限に服するか。
- 独占的ライセンス契約を締結していた場合において,譲受人が,第三者に対して新たなライセンス契約を設定したときに,ライセンシは,独占権を主張できるか。
- ライセンス契約においてライセンサからノウハウ提供・技術指導を受けることになっていた場合,ライセンシは誰に対してノウハウ提供を求められるのか。
- 多数の特許についてライセンス契約が締結されていた場合において,一部の特許権のみが譲渡されたときに,ライセンシは,それぞれにロイヤルティを支払わなければならないか。
- A・B間のクロスライセンス契約において,Aの特許がCへ譲渡された場合,Bは,CがBの特許を実施することに対して権利行使できないか。
などの問題において,現れる。パテントプールやサブライセンスが絡んでくると,さらに複雑な問題状況が生まれる。対抗力説,当然承継説のいずれかを採用するかによって,上記の論点は,ほとんどすべて理論的には,結論が変わってくるから厄介だ。
結局,こういう問題が起きないようにするために,当初のライセンス契約締結時には,特許権譲渡の可否,条件(当該特許の先買権の設定,補償条項等)を定めておくことが重要だといえるし,特許権の売買を行う際には,買主側が,適切なデューデリジェンスを行って,不測の制限が生じないようにすることが重要になる。とはいっても,今までもこうした手当は実務上行われていたのだから,特に実務上,大きな変化が生じるものではないと考えられる。