前回からの続き。ポータブルバッテリーの試作を依頼してから半年が経過した。
御手軽くん「部長,大変です。P社のホームページにこんなものが載っていました。」
出来杉部長「まあ,落ち着いて。何々,P社の蓄電池の製品紹介ページか・・・。これって我々の基本設計の内容が書いてあるじゃないか。」
御手軽くん「そうなんですよ。うちのアイデアが盗まれた上に,P社の新製品の製品説明として公開されてしまいました。」
出来杉部長「うちから出た情報の可能性があるな。ちょっと近鯖先生に相談してみるか。」
以前にP社に対して,ポータブルバッテリーの試作を依頼したX社だったが,その際に提供した情報に基づいてP社がその試作品とは別に,自社製品を開発したようだ。ホームページに載ってしまったということは,その情報に誰にでもアクセスできるようになる。この内容は,近々特許出願を予定していたが,影響が出るかもしれない。
近鯖弁護士「今日はお二人揃って,何か急ぎの相談でしょうか。」
御手軽くん「困りました。実は<かくかくしかじか>のことがありまして。」
近鯖弁護士「そりゃ,問題だね。ところで,この図表は,もともとこちらが出したものかな。」
御手軽くん「この図表そのものは出していません。ミーティングの場で,P社の担当に『ここをこうやって修正すると,より大容量にすることも可能だけど,小型化できないので,今回は,敢えてそうしていません』などと説明したのです。そうしたら,P社の担当が興味を示したので,うちの技術者が得意気に,いろいろと説明したんです。」
近鯖弁護士「図表そのものは文書として渡していないのだね。そうすると秘密情報の定義を確認したほうがいいな。」
出来杉部長「ここにP社と締結したNDAがあります。」
P社と交わしたNDAによれば,秘密情報の定義は次のようなものだった。一般的だといえる。
2条1項
秘密情報とは,本契約期間中において,開示者から受領者に対して開示された技術上,営業上の一切の情報(アイデア,ノウハウ,発明,図面,仕様,データを含み,これに限定されない。以下,同じ。)及び本契約締結を前提として,本契約締結前に開示された一切の情報であって,以下のいずれかの条件を満たすものをいう。
(1)図面文書等(電磁的方法による場合を含む。以下,同じ。)による情報については,当該図面文書等に秘密である旨が明示されていること
(2)口頭による情報については,開示後30日以内に書面によって秘密である旨が通知されていること2項以下,略
近鯖弁護士「なるほど。図表がないということは(2)号に該当するかどうかが問題だけれど,『開示後30日以内に書面によって秘密である旨』を通知したのかな?」
御手軽くん「少なくとも私はそのような通知は出していません。技術者にもそういう習慣はないと思いますので・・」
近鯖弁護士「だとすると,そもそも秘密情報に当たらないから,P社は何の義務も負わないよ。」
出来杉部長「・・・」
多くのNDAでは,「あらゆる情報」を秘密情報とするのではなく,「秘密である旨」を媒体上に明示した情報に限定している。具体的にはマル秘マークであったり,Confidentialという記載を入れることが行われる*1。書面などの媒体ではなく,口頭で開示された情報については,秘密である旨を通知することを要件としていることが多い。ただ,この「秘密の通知」が意識的に行われていることは多くない。そこで,このような問題が発生するケースがある。
上記の例をみれば,「NDAさえ締結しておけば安心というわけではなく,運用も重要だ」ということが明らかだ。何も「口頭で情報を提供してはだめだ。すべて紙にして渡せ。」というわけではないが,会議などが行われたときは,その内容を要約した議事録を作成し,相手方に「これは秘密である」という旨も添えて送付しておくことが重要になる。やり取りした情報を台帳管理しているケースも珍しくない*2。
次回も,もう一回,秘密情報の範囲について。