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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

法科大学院(法曹養成制度)の評価に関する研究会報告書へのコメント

Twitter経由で知った情報。総務大臣政務官が主宰する「法科大学院(法曹養成制度)の評価に関する研究会」の報告について興味深い意見が集まっている。


報告書については下記リンクから。


http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/38572.html


豊富な添付資料があり,年度別の累積合格率などが興味深い。


また,この報告書に対する意見としては,下記リンク。


http://www.soumu.go.jp/main_content/000097157.pdf


意見の数としては10個だけだが,いずれも心のこもった,説得的な意見。そして,いずれも現状の法科大学院制度に対して否定的な意見だ。


例えば1番目の意見では,明確に

法科大学院制度は無意味です。


と言いきっている。


また,制度的な批判とは多少趣が異なるが,6番目の意見では,新司法試験2回目の受験時に「無効答案」があったことを理由に不合格にされたことについて,

2回目は何が無効になったのかさっぱりわからず、理由も教えてもらえないので対策のしようがありません。考えられるのは、論文を書いている途中にボールペンのインクが切れ、他のペンに替えたところ、インクの濃度が少し変わったことぐらいです。このような不可抗力で無効答案と判断され、その結果、回数制限であと1回しか受験するチャンスが認められないとすることは納得がいきません。


と述べている。かなりおそろしい現実。確かに,「無効答案」については,理由の開示が必要だなあと感じる。


未修者の合格率に関する意見(8番目)では,

既修と未修の合格率の格差が問題となっていますが、この未修には「隠れ既修」が多く含まれています。つまり、一通り法律の勉強をした人が未修者として多く入学しているわけです。いわゆる法律知識ゼロの「純粋未修者」の合格率は一桁確実です。予備校などで法律の基礎を習得した人材を未修者として「青田買い」しているのに、未修合格率の高低で法科大学院教育の成果云々を宣伝するのはナンセンスです。まるで外国から輸入した野菜を短期間日本で栽培して国産表示を偽装するかのごとくです。


とある。確かに,最近では,法学部でまじめに勉強した人→既修コース,あまりまじめに勉強しなかった人or控え目な人→未修コース,という流れがあるというから,結局,法学部出身比率がどんどん高まっている。法科大学院の入学時年齢はもはや平均23歳くらいなので,社会人出身者はほとんど混じっておらず,いるとしても卒後2,3年の第二新卒者が大半を占めるだろう。確かに,当初制度が期待していた「多様な人材」が集まる可能性はほぼなくなった。


私自身は,法科大学院制度がなければ今の仕事についていなかったことは明らかなのと,自分が過ごしたLSが非常に居心地も良く,有意義な時間を過ごせたということから,比較的法科大学院制度を擁護する考えを持っているのだが,これらの意見で書かれていることもいちいともっともだなと感じる面もあり,少なくとも今のまま漫然と制度を維持させることは問題だと感じている。


私が考える案のひとつは,法科大学院卒業を受験資格としないこと。そうすると,誰も法科大学院に行かなくなる,ということが(法科大学院関係者から)危惧されるだろうが,結局,2,3年の集中的で高度な教育が施されれば,単なる自習よりも合格確率が高まるはずだから,お金をかけて短期集中したい,アカデミックな場で勉強したい,という人のための教育機関として生き残れると思う(質の高い教育が行われること,及び,10校で定員1000人から1500人程度まで縮小されることが前提になるだろうが。)。


そして,もう一つは,司法修習との統合。修習を残すとしても,司法試験合格者のみに行うべき研修を圧縮して行い,残りはOJTにゆだねる。今のご時世,国から給与を支給されて研修を受けるということも理解されにくいし,かといって,無給で長期間拘束することも問題だ。


受験制限(三振制)については,以前は肯定的にとらえていた。というのも,再出発を促進する制度として有効に機能すると考えていたからだ。しかし,現実には,単年度合格率が20%台に落ち込んだことから,受け控え者が続出し,再出発促進効果が期待しにくくなっている。しかも,三振した受験生が再度,LSを受験,入学しているという話も聞く。そうなると,何のための三振制だかわからない。そういう現状に照らすと,5年5回などの受験制限にして,少なくとも受け控えについては全く意味がなくしたりすることも考えるべきだろう。