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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

退職従業員による競業行為

会社を辞めた後に,独立して前職と同種の事業をやっていたら,前職からクレームがつけられた,などという相談(またはその逆)は多い。


退職時に競業避止義務を含む合意がない場合において,退職後に競業行為を行った場合に不法行為が成立するか否かについて,しばらく前に最高裁で判断が出された(最判平成22年3月25日)。


これは,あくまで本件事例についての判断であるが,最高裁は,競業避止義務に関する特約等の定めなく退職した従業員が,別会社を主体として,退職前の会社と同種の事業を営んで,その取引先から継続的に仕事を受注した行為が不法行為に当たらない,と判断した。


ただ,本件事例では,新会社の売上の8-9割は,退職前の会社の取引先で占められており,在職中に築いた関係を利用したものであることはほぼ疑いがないという微妙な事案だったため,一審では不法行為を否定,控訴審では不法行為を認めるなど,判断が揺れた。


本件事例では,退職時の誓約書などがなかったケースであるから,会社としては,従業員が退職するときに「同業他社に就職しない,競業行為を直接又は間接に行わない」などの誓約書を書かせるということも考えられるが,職業選択の自由との関係もあり,何でも書かせればOKというわけにはいかないから難しい。


一般論としては,退職後にすぐに前の勤務先の事業を脅かすことができるほどの実力者については,その実力・経験が前の勤務先で備わった場合であれば,競業避止義務を誓約書等によって負わせることもある程度は認められると考えられる。逆に,一般社員が退職するときにまで,長期間にわたって広範囲に競業避止義務を負わせることは過剰であり,その合意・意思表示の有効性は問題になる。


本件事例のような事態に備え,退職時に名刺をすべて返還させるだけでなく,客先で受領した名刺類を個々の従業員に持たせない(会社ですぐに回収してしまう)ところもある。この方法を採用しても,名刺を会社に渡す前にコピーを外で取ったり,社内のデータベースの情報を取りだしたりすれば,抜け道ができてしまうが,従業員に対して「顧客との関係」という資産も会社に帰属しているのだ,という意識付けをする効果は期待できる。