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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

運命の人

題記の山崎豊子の最新長編小説を読んだ。


山崎豊子の小説をはじめて読んだのはロースクール生になってからなので,それほどファン歴は長くないが,これまで「女系家族」「白い巨塔」「不毛地帯」「二つの祖国」「大地の子」「沈まぬ太陽」を読んだ。最新作「運命の人」が単行本化されても,なかなか手にする機会がなかったが,先日,ブックオフで全巻ゲット。

運命の人(一)

運命の人(一)

運命の人(二)

運命の人(二)

運命の人(三)

運命の人(三)

運命の人(四)

運命の人(四)


これは,法科大学院生ならばだれでも知っている「外務省機密漏洩事件」を題材にした小説である。ただ,事件が起きたのは私が生まれたころなので,当時の様子はまったく知らない。


外務省機密漏洩事件の最高裁判例(最決昭53・5・31刑集32-3-457)は,国家の秘密,取材の自由などを主な争点とする憲法判例として有名だが,判決文は読んだことがなかった。憲法判例百選(第5版-82)の事案の概要では,

X(注:被告人。毎日新聞西山記者。)は(中略)外務審議官付女性事務官Aをホテルに誘って情を通じたうえで,Aに対し,「沖縄返還交渉と中国代表権問題とに関する書類を審議官のところから持ち出して見せてもらいたい」という趣旨の依頼をした。Xに対して好意や同情心を抱いていたAは,Xの依頼に応じて文書を持ち出すことを決意し,その後十数回にわたりXのために沖縄返還交渉に関する書類を持ち出してXに見せた。


などと書いてある程度であり,判決文の中では,取材の自由も十分尊重に値する,とした上で,

(取材の)手段・方法が一般の刑罰法令に触れないものであっても,取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合(には)正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる


として,X記者を有罪としていることから,受験生としては,「ひどい取材をやった記者で,憲法上の自由が及ばない事例」という程度の感覚しか残らなかった記憶がある。


それが,今回,「運命の人」を読んで,だいぶ考え方が変わった。もちろん,この小説は,モデル小説なので,事案を忠実に再現したものではないが,山崎豊子はあとがきで,

ときの政権の面子を守るためにそこまでして一人の新聞記者生命を奪っていいのか。あまりに不条理な判決が「運命の人」を書くきっかけになった。


とはっきり述べている。国家の秘密と,取材の自由,さらには沖縄問題に至るまで,多岐にわたる問題を考えさせられる小説。