東京地裁平成21年12月4日判決(金融・商事判例1330号16頁)。例の61万円で一株売り注文を出すべきところ,1円で六一万株の売り注文を出してしまったという事件の一審判決が今月4日に出された。最近になってようやく判決の全文を入手したので,ざっと目を通してみた。
はじめに
原告(みずほ証券)代理人筆頭には西村あさひの岩倉正和弁護士。対する被告(東証)側は中村直人弁護士。ともに企業法務の分野では「超」がつくほどの有名人である。
事件の概要はいまさらなぞるまでもないが,みずほ証券が,注文の際に「Beyond price limit」という警告を無視して大量売り注文を出してしまったことや,東証側の情報システムに不具合があって取消注文が入らなかったことなどが評価のポイントになるかと思われた。
争点
本件の争点は,
(1)取引参加者規程中の,免責規定の適用有無。
(2)東証の債務不履行とその程度(重過失があったとまでいえるか)。
(3)損害の額と,過失割合。
といったところである(判決文とは,書き方の順序とグルーピングの方法は異なる)。
裁判所の判断
(1)免責規定の適用有無
まずは,取引参加者規程の免責規定の解釈について,過去の判例に照らし,「重過失を除外した過失責任の免除を規定したものである」としている。すなわち,いくら「責任を負わない」と規程に定めても,「故意またはほとんど故意に近い著しい注意欠如」の場合には,免責を主張できないということである。
もっとも,本件のような取引の場面で,免責規定が適用されることはあっさりと認められているから,「東証の過失の程度が『重過失』とまでは言えない程度の過失であれば,免責される」ということになる。
(2)重過失の有無
東証のシステムにバグがあったことにはほとんど争いがない(この点については,日経コンピュータ2007.4.30号14頁においても,やや詳しく書かれている)。ただし,本件では,
(引用者注:テスト中に発覚した不具合の)修正との関係で求められる回帰テストの確認を怠ったことだけでは重大な過失があるとまではいえないにせよ,
として,取消注文の検索ロジックの誤りそのものが「重過失」とされたわけではなく,
有価証券市場の運営を現に担っていた被告の従業員としては,その株数の大きさや約定状況を認識し,それらが市場に及ぼす影響の重大さを容易に予見することができたはずであるのに,この点についての実質的かつ具体的な検討を欠き,これを漫然と看過するという著しい注意欠如の状態にあって売買停止措置を取ることを怠ったのであるから,被告には人的な対応面を含めた全体としての市場システムの提供について,注意義務違反があったものであり,このような欠如の状態には,もとより故意があったというものではないが,これにほとんど近いものといわざるを得ないものである。
と,被告に大変厳しい判断をしている。つまり,みずほ証券から「注文が取り消せません」という話があったにもかかわらず,売買停止措置を取らなかったという人的な面について重過失を認めている。
(3)過失割合
もっとも,みずほ証券側にも,
売り注文行為における原告従業員の警告表示の無視を含む不注意は著しいものであって,原告には,過失相殺を基礎づけるに足りる過失があったというだけではなく,その注意義務違反の程度においても故意に準じる著しいもの,すなわち重過失があった
と,こちらにも厳しい判断を加えた結果,「原告3割,被告7割」と認定し,賠償額を約105億円とした(前提として,損害全体額は約150億円と認定している)。
コメント(その1)
本件では,情報システムにとどまらず,広く市場開設者および取引参加者の役割分担等についてさまざまな議論がなされた。まったく同種の紛争が多く発生するとは思えないが,最近では,SaaS,クラウドコンピューティングがはやっており,サービス事業者と,サービス利用者との関係で,提供するサービスに不備があった場合の事業者の責任,という場面での参考になる判例だと思われる。
サービス事業者から,よく「利用規約」等の作成,レビューを依頼されるが,ほとんどすべてに「免責規定」(もしくは責任限定)が入っている。この場合,本件のように,行為の態様によっては免責規定は無力になることをあらかじめ理解してもらわなければならない(そもそも消費者契約法8条1項の問題もある)。
そして,事業者側に何よりも大事なのは,そのサービスを提供することによって,利用者にどのような便益がもたらされるかを理解するだけではなく,万が一の場合にどんな不利益が生ずるかということを正しく理解し,そのリスクをヘッジする仕組み,体制を作り込んであるかということである。たとえば,「給与計算ソフトをSaaSで提供します」ということは簡単だが,万が一,ソフトにバグがあったり,利用者の利用したいときに使えないという事態が発生した場合に,どういったフォローができるのか,ということを事前に考えておかなければならない。