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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

プロジェクト管理責任

IT関連判例の紹介シリーズ第4回。今回は,システム開発が遅延した場合の契約解除にかかわる事例です。

東京地裁H18.6.30判時1959-73

事案の概要

ユーザXが自己の会員データに関するデータベースシステムの開発をベンダYに委託しました。それと同時に,XはYの勧めにより,当時使用していたマッキントッシュに代えて,前記データベース用にウィンドウズサーバをYから購入し,代金約1500万円を支払いました。しかし,システムは完成せず,XはYに対して開発委託契約を解除しました。さらに解除の前には,前記サーバ中に格納してあったXのメールデータが大量に消失するというアクシデントがあり,バックアップもとっていませんでした。Xは,Yに対し,データベースの開発費用として支払った約700万円と,支払済みの前記サーバ代,さらにはメール喪失による損害賠償の支払いを求めました。

ここで取り上げる争点

(争点1)Yは,システムが完成しなかった(遅延した)のはユーザXの要望が多かったことなど,X側の責任であると主張したことから,遅延の責任がどちらにあるのかという点が問題になりました。


(争点2)Xは,開発契約の解除をするとともに,サーバ購入に関する売買契約も解除しています。Xとしては,開発がとん挫したのであるから,サーバの代金も返せ,ということになるわけですが,Yとしては,それぞれ別契約で,サーバに問題がない以上,売買契約の解除もできず,代金を返還する必要はないと主張しています。すなわち,開発契約を解除したことが,売買契約の解除原因にもなるかという点も争われました(契約の個数や一体性の問題)。

裁判所の判断

争点1については,裁判所は次のように判断しています。

Yは、コンピュータ・ソフトウェアの開発及びそれに関するハードウェアの導入支援という業務を約一五、一六年行っており、マイクロソフトの認定パートナー及び情報処理技術者認定試験の資格を有していることからすれば、Yは、本件契約上の義務として、自らが有する高度の専門的知識経験に基づき、本件契約の目的である本件データベースの開発に努めるべき義務を負担していたと解される


そして,遅延したのは,Xが要望の変更を繰り返したというYの主張に対し,

要望の変更に対しても開発の進行如何によっては受入れられない要望があることは明らかであり、そうであればこれを拒否することもでき、またそうすべきであったというべきであり、単にXの要望が多く変更されたということから、その遅延がXの責任であったと評価することはできない


として,遅延の責任はYにあるとしました。


また,争点2の売買契約の解除の可否については,開発に関する請負契約とサーバの売買契約は別個の契約であるという前提判断をした上で,

  • ウィンドウズサーバによるデータベースの開発を前提にウィンドウズサーバに買い替えた。
  • 本件データベースの開発がなければウィンドウズサーバは購入していないという関係にある。


と認定しました。

本件サーバーにかかる売買契約は本件契約と一体であり、本件契約の解除事由は当然に本件サーバーの購入にかかる売買契約の解除事由に該当するものというべきである


よって,サーバ売買に関するYの債務不履行はなかったものの,Xによる解除を認めています。


なお,メールデータの喪失に関しては,Yの善管注意義務違反を認めたものの,Xから具体的な損害,機会損失についての立証がないことから,損害賠償は認められませんでした。

若干のコメント

この判決の前にも,ベンダによる「プロジェクト管理義務」について判断した判決がありました。


本判決もその延長上にあると考えられ,ベンダはもはや単に「ユーザの意思決定が遅い,仕様変更が多い」と主張するだけでは,プロジェクト遅延の責任から逃れることはできないといえます。


ただし,理不尽な要求を繰り返すユーザがいることも確かです。そういったユーザの対処のためにプロジェクト管理スキルを向上させることはもちろん必要ですが,万が一の際に「プロジェクト管理義務を果たした」ことのエビデンスを充実させることも防衛策として必要になってくるでしょう。